アリスズ


「逃げるにしては…馬鹿な道を選んだものだな」

 菊は、定兼に片手をかけたまま、静かに声をかけた。

 向こうは、足を止めない。

「こんな草原では、身を隠せないだろうに」

 ほんの目前まで来て、彼らは足を止めた。

「────!」

 男が一人、大声で何かを叫ぶ。

 そこにきて初めて、菊は相手と言葉が通じないことに気づく。

 後ろの集団の声も、意味不明な音ばかりだ。

 気配を追うことで一生懸命で、そんな当たり前の情報さえ、菊は拾っていなかったのである。

 まあ。

 菊にとって言葉など、どうでもいいことだ。

 相手に手練れがいるのならば、菊の腕前くらい読み取るに違いない。

 そういう生き方を、これまで彼女はしてきた。

 子供の頃から。

 男の一人が、剣を抜こうとした。

 それを、もう一人が手で制する。

 全部で、たったの四人。

 男が二人。

 いまにも倒れそうな女が一人。

 そして。

「────」

 子供が一人、菊の前に進み出る。

 男らが止めようとする手を、その子は逆に手で制すのだ。

 語りかける声は、子供のものにしては非常に落ち着いていて。

 言葉こそ分からないが、相手が自分に何かを説明しようとしているのは伝わってくる。

 見知らぬ菊に向かって。

 随分と、大きい器に見えた。

 意味も分からないまま、菊は軽く頷く。

 そして。

 彼女が、より手練れと認識した、図体のでかい男を見た。

 顎で軽く、彼らの後ろの集団を指す。

 もう、そう距離はない。

「そっちのお嬢さんはもう、そう長くは走れないだろう…良かったら加勢するが?」

 言葉が通じないことなんか、本当にどうでもよかった。

 そして、ついでに自分の後方にも意識をやる。

 菊の連れもいるのだと、軽く示すだけでいいと思ったのだ。

 図体のでかい男は、膝をかがめるようにして子供に何かを話す。

 そうして。

 子供は。

 頷いた。