アリスズ


 菊が出て行ってしまって、景子は一人ぽつんと部屋にいた。

 しかし、そう長い時間ではなかった。

 ノッカーが鳴ったのだ。

「はい!」

 菊なら、ノッカーは鳴らさないだろう。

 どきっとしながら、景子は元気のいい声で返事をした。

「僕だよ…」

 声を聞いて、彼女はぱぁっと顔を明るくさせる。

 アディマだ。

 退屈していたところに、話をするのに楽しい相手が、向こうからやってきてくれたのである。

 扉が開く。

 ダイというお付きなしで、一人で出歩いている姿は、少し不思議だった。

 そんな彼の視線が、空をさまよう。

「ああ、菊さんなら、ダイさんのところに行きました」

 もう一人の、部屋の住人を探しているのだろうと分かった。

「彼女は、ダイエルファンを気に入っているようだね」

 微笑みながら、アディマは部屋に入ってくる。

 慌てて、景子はソファを勧めた。

 いい客間を用意してもらっているのか、応接部があったのだ。

 景子は、嬉しいと同時に、焦ってもいた。

 身分の高い人に、部屋を訪問される──そんなことに慣れている日本人は、少ないのだから。

「ダイさんは腕っぷしもありますし、細かいことを気にしなそうな人ですから…懐いてるみたいですよ」

 何気なく言葉にしたことに、景子は自分でも納得してしまった。

 あの菊が懐くっていうのは、実は物凄いことに感じたのである。

「そうだね…ダイエルファンは、よい剣士だ。彼を見ていると、強い者は決して常日頃から猛々しくなくともいいのだとよく分かる」

 アディマが、ダイを褒めているのを見て、景子は嬉しく思った。

「僕は…衛兵所を上から眺めるのが、好きだったよ」

 彼の言葉が、微かに過去に触れた。

「衛兵所で、誰よりも早く、そして誰よりも遅くまで剣を振り続けていたのが…ダイエルファンだった。だから、僕は護衛を一人衛兵から選べと言われて、肩書のない彼を選んだ」

 アディマの見たであろう光景が、景子の脳裏をよぎる。

 夕暮れの中、一人黙々と剣を振る、大きな男の姿だった。