アリスズ


「はー、参った」

 菊は、ダイの部屋に逃げ込めた。

 娘の癇癪を聞きつけた、母親の登場で解放されたのだ。

 母にたしなめられ、彼女はようやくにして口を閉じ、しかし目には癇癪をためこんだまま、だっと駆け去ったのである。

「はいよ」

 応対に困っているダイに、菊は酒瓶を差し出した。

 この世界には、そう楽しみは多くない。

 きっとダイも、酒を嫌いではないだろうと思っていた。

 瓶に焦点を合わせるように、少し寄り目になった後、ダイは肩を上下させて息を吐く。

 そして、ようやく瓶を受け取ったのだ。

 客間というよりは、使用人の部屋の一室のようだった。

 身体がおさまるのかと、心配するようなベッドと、古びた机と椅子が1セット。

 私も、こっちの部屋の方が落ち着きそうだ。

 菊は部屋を見ながら、そう思った。

 ああ、と。

 思い出して、手に持っていた杯を彼に渡す。

 ダイはそれを受け取ると、手酌で酒をそれに注いだ。

 そして。

 杯を、菊へと差し出すのだ。

 おっと。

 意外な展開だった。

 杯は、一つしかない。

 それを、菊がもらってしまうと、ダイは飲めないではないか。

 だが、まったくの杞憂であることは、すぐに分かった。

 ダイは、杯を差し出したまま、瓶ごと彼は口をつけたのだ。

 なーるほど。

 ダイに、杯など不要なようである。

 その様がおかしくなって、菊は杯を受け取ってしまった。

 晩餐にも果実酒が出ていたが、それには手をつけていない。

 酒は、感覚を狂わせる──かもしれないと、自重していたのだ。

 椅子を借りて腰かけると、菊は一口、杯に口をつけた。

 酸味の強い辛さが、口の中にぱっと広がる。

 うまいのか…これは?

 顔を微かに顰めた菊を見て。

 ダイが、笑った。