アリスズ


「抜くの?」

 梅が、夜風にかき消されるほどの声で囁く。

 景子は風下にいたおかげか、かろうじて聞き取れた。

「そのための物だろう?」

 菊の声に、微かな高揚感が混じっている気がする。

 その事を、彼女はいやがってはいないのだ。

 抜く?

 何のことか分からない景子の前で、菊は美しい布の袋を取り払った。

 ああ。

 布は、光を失う。

 そのまま、梅の手に力なく落ちてゆく。

 光っていたのは、その内側の美しい長物。

 菊の手の中に、それはあった。

 純粋な、まっすぐではない。

 若者の背のように、美しい反りの曲線を描いている。

 刀?

 本物を見たことのない景子は、ついつい疑問形になった。

 しかし、見惚れずにはいられない、業物なのだけは分かる。

「でも…それは…」

 梅は何かを言いかけたが──そこまでで止める。

 こんなものを、持って歩いていたのだ。

 警察官に職務質問され、中身を改められたらお縄になるようなもの。

 何か、よほどの理由があったのだろう。

 そう言えば。

 弟が生まれたと言っていた。

 年の離れた弟だ。

 その誕生の祝いに、梅は桜の苗を買いに来た。

 そして。

 菊の手には、刀があった。

 何か、弟の誕生と関係があるのだろうか。

 余計なことを考えていた景子に、菊が振り返る。

「梅を…頼む」

 真面目な菊の瞳に気おされて、彼女はこくこくと頷くことしかできなかった。