置き手紙に書いてあったように、敬悟は言い出したら聞かない茜のお守りに付いて行ったのだろうと衛も思っている。


今の若い世代には珍しく律儀な性格の衛の甥っ子は、無鉄砲とは縁遠い人間だ。


その敬悟が茜を止めずに一緒に家出したという事実は、親としては安心出来る要素でもあったが、逆に心配の種でもあった。


茜一人ならすぐに音を上げて帰ってくる可能性が大きいが、敬悟が一緒となると話は複雑になる。


おそらく、『目的地』を探し出すまで帰っては来ないだろう。


茜はまだ十七歳になったばかりの高校生。


敬悟も成人しているとはいえ、まだ二十一歳の大学生。


しっかりしているが、世間では充分青二才の年齢だ。


何にせよ、保護者として放っておくわけにはいかない。


「それでは、宜しくお願いします」


衛は、頭を下げると足早に研究室を出ていった。


「まったく、何をしているんだか敬悟君は……」


ここ数日で少しやつれたような衛の後ろ姿を見送り、由美はため息をついた。


「奥様を亡くされたばかりなのに……」


愛妻家だった衛の葬儀での意気消沈ぶりは、由美の目には痛々しいほどだった。


そこに追い打ちをかけるような、この騒動。


『ちょっと、子供達が家出をしてね』


衛はそれしか言わなかったが、何か深い事情がありそうだった。


尊敬する神津教授のためだ。


講演のキャンセルやその後の段取り。やらなくてはならないことは山ほどある。


彼が戻ってきたときに嫌な思いをしないで済むように、自分のすべき事をするため、由美は行動を起こした。