「う~ん……。ふっぁああ~っ」
車の心地良い振動を子守歌にスヤスヤと眠っていた茜が、大あくびとともに目を覚ました。
さほど広くはない乗用車の助手席。
いくらシートを倒しても寝心地は最悪のはずだが、ベットから落ちても平気で床に眠ってしまうような茜なので、たいして問題なかった。
茜はまだ運転免許を持てる年齢ではなく、それをこれ幸いとばかりに、ナビゲーターという名の乗客に徹していた。運転手はもちろん、敬悟である。
「お目覚めですかお嬢様? しっかし、デカイあくびだな……。のどちんこ丸見えだぞ」
バックミラー越しに茜の大あくびを目撃して呆れている敬悟のセリフにも動じることもなく、茜は二つ目の大あくびにかかった。
寝転がったまま、昼寝から覚めた猫のように手足を伸ばして大きくノビをする。
「今まで、彼氏が出来ないわけだな」
ざっくりした、デニム地の淡いブルーのシャツ。ブルーのジーンズに、白いスニーカーの茜の出で立ちは、『女らしい』と言うよりは『元気らしい』と言う感じだ。
後頭部の高い位置で結んでいるポニーテールの髪が、そのイメージに拍車を掛けている。
そう言う敬悟も、ブルーのシャツに黒ジーンズに黒いスニーカーなので、お世辞にも『男らしい』とは言えないのだが。
「ふーんだ。誰かさんだって、彼女出来ないじゃない」
クスリ。
「あ。何その笑い。鼻で笑っちゃって感じ悪いの」