大きく上がった己の口角をなぞるように、それ自体が別の生き物のような長く赤黒い舌がヌタリと蠢く。


近付くほどに強くなる生臭い匂いは、ますます茜の恐怖心を煽り立てた。


『喰われる』


それは、動物が本能で感じる『狩られる』ことへの恐怖だった。


正にその切っ先が届く瞬間、茜の呪縛が解けた。


「いっ……、いやあぁああぁぁあっっっ!」


茜はあらん限りの力で悲鳴を上げながら、そのまま胸を両手でかばい後ろにへたり込んだ。

刹那、視界が青い閃光に染まる。


全てが色を失っていく。


使い慣れたお気に入りの家具達も、チェックのカーテンも、目の前の鬼ですら色を無くしてその輪郭が溶けるように消えていく。


たすけて。


「茜っ!」


敬にぃ――。


目も眩む閃光に意識を焼かれながら、茜は、遠くで自分を呼ぶ敬悟の叫び声を聞いたような気がした。