目の前にそびえ立つような異形の影、その大きさは上総の比では無かった。
変化した 玄鬼でさえ、足下にも及ばない。
敬悟の身長が、膝の高さにも満たないのだ。
『帰れ! 我らが意志を阻む者は、去れ!』
地の底から響いてくるような重低音の声が、空気を振るわせる。
『去れ!』
いやそれは、一人の発する『声』ではなかった。
言わば、たくさんの意識の集合体。
二人は、じりじりと崖っぷちに追いつめられてしまう。
カラン、カランと淵が崩れて落ちていく音が響き渡る。
あまりの威圧感に、二人とも身動きすら出来ない。
もう、後がない。
『去れ!』
「きやぁあっ!!」
黒い影が二人をなぎ払う瞬間、敬悟は茜を抱え込むと後ろに、唯一の逃げ道である深い崖下へと飛んだ。