「お止めなさい。ここからは、逃げられませんよ? いつぞやは逃がしてしまいましたが――」
口は笑っているが、その目には柔和さの欠片もない。
それが、陽炎のように揺らぎ、赤みを増して行く。
恐怖心に駆られて思わず立ち上がって後ずさると、その背が「とん」と何かにぶつかった。
びくっとして振り返ると、いつの間にか立ち上がっていた敬悟がいた。
「け、敬にぃ、この人、赤鬼だ! 姿は違うけど、絶対そうだよ!」
その手を必死に引っ張って部屋を出ようとする茜に、上総の冷たい声が飛ぶ。
「無駄です。その男は、貴方を助けてはくれませんよ」
「えっ?」
上総の氷のような声が、茜の中に冷たい波紋を描く。
茜は、意味が分からずにその場に固まった。
「その男は、あなたの従兄の『神津 敬悟』ではありません。本当の神津敬悟は、十六年前の事故で母親と共に死んでいます」
「えっ?」
――何を、言っている……の?
上総の言葉の意味が、茜には理解出来なかった。
無言で立ちすくんでいる敬悟の顔をのぞき込む。
息が、止まった――。