敬悟は、茜が眠ったのを確認すると、起こさないように布団をそっと抜け出した。
窓辺にもたれかかり、滅多に吸わないタバコを吸い込みながら、雨にかすむ港の風景に目を細める。
闇に包まれたこの海の向こうに、待っているもの。
「鬼隠の里か……」
静かに眠る、茜のあどけない顔をじっと見詰める。
――なぜ、お前だったんだろう。
ごく普通の女の子として、ごく普通の幸せの中にいたはずなのに。
あの夜、赤鬼が現れた夜に、全てが変わってしまった。
茜の運命も、そして自分の運命も。
――ここまで連れて来てしまったが、本当にこれで良かったのか?
見詰める眼差しに迷いの影が揺れる。
ここに来るように、そうし向けたのは自分だ。
このまま放っておいて、どうにかなる問題ではなかった。
根本を絶たねば、何度でも茜に危険が降りかかるだろう……。
いっそ。
いっそこのまま、何処かにさらって逃げてしまえれば、どんなにいいか……。
「逃げ切れるものなら、な……」
何処に逃げても『奴ら』は追って来るだろう。
今、自分が出来ること、それは――。
「守るさ。何に替えたって……」
何を、失おうとも――。