「今まで、ありがとう」
衛は、笑顔でそう言うと、白い子猫をそっと地面に降ろした。
そのまま、完治しきれていない右足を若干引きずりながら、家の中に入っていく。
ちょっ、ちょっとお父さん!
何をする気なの!?
茜は、慌て後を追う。
部屋に戻った衛は、明日香が用意して置いたのだろう濃紺の作務衣に着替えると、寝ていた布団をきちんと畳み、八畳ばかりの部屋を見渡した。
「もう、ここに戻ることはないと思うと、淋しい気がするな……」
もう、戻らないって……。
お父さん、まさか赤鬼の所に行くつもりじゃ無いでしょうね!?
だ、だめだよ!
ここに居なくちゃ、だめっ!
次の瞬間、茜の目線が一気に高くなった。
目の前、頭一つ分高いところに、衛の驚いた顔がある。
「……驚いたな」
至極妥当な言葉が、衛の口からこぼれ落ちる。
「あ、あれ?」
茜は恐る恐る、壁に掛かっている古い大きな丸鏡を覗き込んだ。



