「だから緒方先生は、貴女の想いを受け入れはしなかった」

「緒方先生が月見さんにそう言ったんですか?」

うつむいたままの亜季の声に、怒りに似た感情が混じった。

「直接は何も。緒方先生は貴女に『露』と答えろと言っただけです。後はそこから推測しました」

「露…」

「国文科の貴女ならご存じでしょう。平安時代の文学作品『伊勢物語』にあるエピソードです」

その昔、高貴な女性と恋に落ちた男がいた。

ある夜、男は女を連れて逃げ、女をおぶって夜道を走った。

女はその身分ゆえ、滅多に外出したことがなかった。

女には道端の草についていた夜露さえ何かわからず、男にあの綺麗なものは何かと尋ねた。

しかし男は逃げることに必死で、女の問い掛けには答えなかった。

やがて一軒のあばら家を見つけ、そこで夜を過ごすことにした。

男は女を家の中に寝かせ自分は家の外で寝ずの番をした。