「むろん緒方教授が有名なのは猫に関してだけじゃない。専攻の中古文学の研究では、優れた論文を幾つも発表している」

その通りだった。

専攻分野では、第一人者といってもいいだろう。

「NHKのTV講座を観たことあります」

「素晴らしい内容だっただろう?」

「歴史背景と登場人物の関係を的確にとらえていましたね」

「僕も緒方先生の講義は拝聴したことがあるけど素晴らしい内容だった」

木村は自分のことのように誇らしげに言った。

「そんな緒方先生だから、次期学長の呼び声も高い。君も文学部に籍を置くならば…」

「ティチャーズ・ペット(先生のお気に入り)には手を出すなってことですか?」

「まぁそういう事だね」

「なにかそれに関する噂でもあるんですか」

「僕は教務課の人間だからね。噂レベルの話なら聞かなくもない」

喫茶室には他に人はいなかったが、木村はことさら声をひそめた。