「ふーん。ヒトシっていうのがみどりちゃんの彼なわけ?」

パジャマに着替えて、細いタバコを吸いながら、姉が言う。

「付き合ってるわけじゃないって!」

「むこうは付き合ってるつもりなんしゃないの~?もうキスはしたの~?」

「そんなことしないってば!お姉ちゃん、頭痛いなら早く寝なよ!」

「あはっ」

「もー。お姉ちゃんってば、やらしいんだから」


姉との他愛無い会話。

私の唯一心が休まる時だ。

私は外にいるときは、常に心に仮面を被っている。

どんなにはしゃいでいるときでも、他人に気を許すことはしない。


両親が逮捕されたことを知ると、親しかった友達はみんな離れて行ってしまった。

当時付き合っていた彼氏とも、気付いたら連絡がとれなくなっていた。

今まで、友情や愛情だと思って信じていたものは、全部見せ掛けだけのものだった。

人から受ける愛だけでなく、自分の愛すら信じられなくなった。


ヒトシのことは、今は、好きかもしれない。

でも、今だけの限定された感情で、きっとこれが長く続くことは無いだろう。

多分。


「ちょっと、みどりちゃん」

姉に呼び掛けられて、我に返った。

「何?」

「ケータイ鳴ってるよ。ヒトシからじゃない?」


確かに私の携帯電話から郷ヒロミの『お嫁サンバ』が鳴り響いていた。

「はい!もしもし」

あわてて電話に出る。

姉の予想通り、ヒトシだった。

姉は、
「もう、ラブラブなんだから!★」
と言いながら、自分の部屋に移動して行った。

気を利かせたのだろう。



「電話なんて珍しいですね。どうしたんですか?」

「大変なことが起こったぞ」

ヒトシの声はかすかに震えている。


「え?」

「ヨッチーが死んだ」