「好きな人ができたの」

こんな、ドラマの中でしか聞かないような台詞を、まさか自分が聞くことになるとは思わなかった。
今時なら、もはやドラマにさえ使われないような安っぽい台詞。
メッセンジャーのチャットウィンドウには、目に痛いほどショッキングなピンク色で、その文字列が並んでいる。
私は何を言えばいいのかわからず、ただ呆然としていた。

「その人がいるから、呼ぶね」

そういって、ビュネは私の返事を待たずにチャットにそ
の男を招待した。

「これが、ハリーさん」
招待され、紹介されたハリーという男は、慇懃に挨拶をした。
私はようやく事情が飲み込めて、自分がどういう状況にあるかがわかってきた。
そして、ビュネがごめんと言ったとき、すべてがわかった気がした。

付き合ってください。
いいですよ。
そんな当たり前の儀式を経ずに今に至った私たちは、恋人という意識はなかった。
いや、ビュネが謝罪をするのだから、意識しなかったのは私だけなのだろう。
恋人程度友達感覚の、ゆるくて楽な関係に、私は甘えていたのかも知れない。
いわゆる別れ話の只中にあっても、私はどこか現実離れしたシーンを見ているような気分だった。
対岸の火事とは、まさにこの心境を表すに相応しい表現だ。

付き合っていると、胸を張って言えない負い目のようなものが、私にはあった。
だから、自分の問題として受け止められないでいたのだ。

勝手にすればいい。

そんな言葉が口をついて出そうだった。
だが、それを言ってはいけないとわかる程度には、私にも現実は見えていた。