「……随分と、気に入られたみたい」

俺を見下ろす裸の女を見て、隣に立つテリが溜め息を吐いた。
言われた俺は、黙るしかない。
見上げる目に、雨が痛かった。
今は、この目を逸らしたくなかった。

「逆、かな」

ぽつりと呟いた友人に。

「なにがだよ」

同じように、呟いた。

「キスマーク、付けてたね」
「だから?」
「珍しいな、って」

解ってる。無意識の行動を責められても、困る。無意識だからこそ、尚更。

「いいの、彼女」

なにがだよ。
俺が口を開きかけると、ハジが車から顔を出した。

「早く戻りたいのだがね」
「黙ってろ、変態」

このクソ上司。
俺の舌打ちにハジは仕方なしに肩を竦める。

「彼女は使えそうだなあ」
「テメ……、約束したろ」
「したっけ」
「殺すぞ」
「……反抗期かい?悲しいね」

やっとのことで上に向けられていた顔を車のドアに向けると、テリも車内に乗り込んだ。
いい加減この場を去らなければ、上の馬鹿女は風邪を引くこと間違いなしだ。

――湿っぽいのは、ガラじゃない。
終わりだ、と心臓がぐずるまま、もう一度、リナを見上げた。

傍から見れば頭がおかしい者同士の、自分にもリナにも呆れながら。
それでも見上げずにはいられない自分は尚更に阿呆らしい。

(泣きそうな面しやがって、……馬鹿女)

そんな女じゃないだろ、オマエは。

(泣くな、馬鹿)

この胸の痛みは罪悪なんていうつまらないものじゃないんだろう。
名前すら知らないそれは、確かに俺から産まれたものなのだ。

雨は未だ足音を緩めず、一人残す女にただ慰めを乞わずにはいられない。









グラムはなにも言わずに、どんな感情も表情に浮かべず、車に乗り込んだ。
するりと金色が揺れて車隠れてしまえば、落ち着いていた筈の心臓から一気に血の気が引いた気がする。

(……グラム、)

無感情に、何を考えるでもなく、走り出した車が雨に霞むのを眺めていた。
平静と言うより、頭の中で混沌と困惑が余りにも存在を誇示し過ぎていて、何も考えられないというのが正しい。

やがて車は、グラムは、見えなった。

当たり前だが体は凍えきって麻痺していたが、それでも部屋に戻ることが出来ない。
或いは、なにもない、誰もいない部屋を目の当たりにするのが怖かったのかもしれない。

もう、居なくなってしまったのだ。
ベッドにふんぞり返って生意気を言う男は、もう。


――どうせなら、このまま雨に熱を奪われて死にたかった。

そんなことを考えて、力なく自嘲が浮かぶ。
そんな度胸も無い癖に。

グラムを失った私は世界が終わったような顔をしていただろう。

考えて、陰気な女に成り下がったもんだと自虐的な気分で部屋へと戻った。
濡れた体のまま呆然と空っぽのベッドに座り込み、そのまま見れもしないだろう夢に飲まれる。
意識が徐々に沈んでいくのを感じながら、性懲りもなく目覚めがこない事を祈っている。

神にそんな事を祈ったとしても、無駄だと言うのに。

(――馬鹿なリナ……)

世界が終わってしまったかのような錯覚に、目眩すら。