「――弾なしかよ」

舌打ちを打ちかけて、舌の痛みにやりそこなった。
動けるようになった体を引きずって俺はリナの部屋を物色していた。
別に疚しい気持ちからそれに及んだわけではなく、なにかしらの武器を手に入れるために。
こんなヤバい地区に住んでおいて、まさか銃を所持してないわけがないと踏んでの所行だったが、やっと見つけた拳銃は空砲。

「弾なしが役に立つか、バカ女」

不在の家主に悪態を吐くと、そのまま電話を手に取った。
馴れた番号は馴染みのピザ屋のもの。例え盗聴されていたとしても、このしがないピザ屋の番号なら問題ない。この番号のピザ屋は表向きの隠れ蓑であり、裏は武器売買の巣窟だ。
法律という言葉をものともしないゴロツキ共の商売は、由緒正しい武器商人よりバカ正直で使いやすい。
表向きのピザメニューで武器が注文出来るって仕組みは、洒落ているし便利だ。
現役の時は、面白がってよく利用していた。

『――はい、こちらメタリカピザハウス』

大抵の客は、この店名を聞いた時点で電話を切る。

「注文頼む。スペシャルチーズピザにコーラMにポテトL」
『ご贔屓さんですね』
「あぁ、久しぶり」
『いや、本当に』

メタリカピザハウスは、電話では絶対に客の名前を出さない。
奴らの客層は、通信系で名前が流れるとヤバい連中ばかりだからだ。

「ドリンクは二つ頼む」
『これはまた、豪勢っすね』

これは、食べれるピザも食べれない武器もダブルで注文、という合言葉。バカは単純で面白い。

「急げよ」

簡単に住所を告げ、電話を切りベッドへと戻る。
動けるようになったとはいえ、こんな状態では逃げ出すのも無理だろうし、襲われても躱せない。
組織がこの場所を突き止めたのか――まだ確信はないが、別件とは言えハジの足が及んだのだ。油断は出来ない。
本来なら痛みを無視してでも此処を立ち去るべきだ。

では何故、今すぐそれをしない?

逃げるためにこんな怪我を負い、それでも今生きている。
またみすみす殺されるのか、それとも再び誰かを殺すために連れ戻されるのか。
どちらにしても、よろしくない。

(――それなのに、何故留まろうとしてる?)

自分のことながら不可解であり、それでいてどこか解りきっている答えに行き着いた。
苛立ち紛れ、煙草を咥える。ふわふわと頼りなく空気に立ち上る紫煙は、暢気で羨ましい。
そうこうしている内にチャイムが鳴らされた。

「ピザ、お届けに参りましたー」

聞き馴れた武器屋の声に、煙草を咥えたままドアに立つ。
覗き穴から見えるのも、見慣れた顔のみで他には居ない。

「そこに置いてけ」

ドアに凭れながら煙草を吹かす。
じっとりと滲む汗が、不愉快だった。

「えっ、金は?」
「借りがあるだろ」
「どやされちまうよ」
「俺の名前出せよ」
「チーフにも借りがあるんで?」
「お前等ピザ屋は、全員俺の言いなりだ」
「……おっかねぇ」

そそくさと逃げ帰る音を確認してからドアを開ければ、ピザとその他がきっちり揃えられていた。
普通のピザボックスより倍以上の高さがある箱を開ければ、ピザとポテト、コーラが顔を覗かせる。それらが乗っている底を外せば、ピザ臭くなった鈍色の拳銃がひとつと、弾が入ったチョーク箱が数箱。
おまけかなにか知らないが、注文していないパイナップル(手榴弾)まで入ってやがる。使わねえよ。

「あん?……ポテト、ケチりやがったな」

考えるのはやめて、まずは腹ごしらえだ。








セントラルパークを一望出来るホテルの最上階。
落ち着いた雰囲気の中、高級な調度品は赤と白で統一され、出てくる料理の色までその二色をメインに構成されていた。凝りすぎていてどう反応すればいいかわからない。

(煙草が吸いたい……)

ついぞ口にしたことがないような料理に満足しながらも、私はなんとも不憫な精神状態に陥っていた。

(まさかこんな高級ホテルに連れ込まれるとは)

自分の正面に座る紳士的な男を見る。
適当なファミリーレストランかダイナーでの食事を予想していた私の格好はシャツにジーンズ。
ハジはそんな私にわざわざドレスとヒールを買い与え、このレストランへと赴いたのだ。

(嫌味にも程がある……)

そこらの女なら、そりゃ喜び跳ねるだろうが、わざわざドレスを買い与えるなんて下心があるようにしか思えない。
先程から穏やかな会話が交わされているにも関わらず、私は警戒心の塊と化していた。
早くこの時間が過ぎてくれることを祈る。

「猫に玩具を与えるんですけど、すぐに壊してしまって」

未だ緊張したままなのは、話題が猫についてだということも原因になっている。
ハジは私が猫を飼っていると思っているが、実際に猫を飼っているわけではない。
先程など、飼っている猫の好物を尋ねられ、危うく煙草、と答えそうになったくらいだ。


(……帰りたい)

ハジが私の嘘に気付いているだろうと容易に想像がついたのは、食事もそこそこに猫の話ばかり持ち出してきたからだ。
私に気取られないようにと、配慮しているようでもない。
私の猫がグラムという人間だと、完全にバレている。
そしてそのことを、私に暗に伝えてきているのだ。