「おま……っ」

飛び出した抗議を飲み込む。

――昨夜、深夜二時を過ぎた頃。
何をするでもなく、ただぼんやりとしていた私が眠ろうとソファに腰掛けた時だった。

『……っ』

突然、その傷だらけの、まともに動かせやしない腕を振り回して体を捩って、なにかから逃れようとするグラムの体を慌てて押さえつけた。
目蓋は開いていたけど、覚醒はしていない。
瞳孔が開いて、意識が混濁している状態だったんだと思う。
獣みたいに叫んで、〝抵抗〟を邪魔する私を引き剥がそうと暴れる。
重傷人とは思えない凄まじい力で押しやられた私が、傷に構う余裕もなくその体躯を押さえつければ、伸びて欠けた爪が獲物を捕らえるように剥き出しの背中に喰いこんだ。

『……いっ』

こんなことになるなら、多少警戒心でも持って服を着ていれば良かったと後悔したけど、今更だ。
私の背中を鋭利な爪で引っ掻き抉り、なんとか逃れようとグラムがもがく。

『ハ、ジぃ』

――ハジ?
悲鳴と喘ぎ、怒りに紛れた言葉に気を取られた。
起きていないくせに、緩んだ私の腕に気付きやがった。
グラムの下唇に押しつけていた私の肩に、火が付いたような激痛。

『……ぃ、っ』

痛すぎて声も出なかった。
また噛まれた。しかも喰いちぎられる勢いで。

『この……っ』

怒り頂点に達した私は、相手が重度の怪我人だということも忘れ、力の限りぶん殴った。
そのまま意識を失ったらしい。






――唇が合わさる寸前。

リナの肩口。
薄く頼りなげな肉に深く喰い込んだ歯形は、吸血鬼映画さながらに痛ましい。
意識がなかったとはいえ、重傷の自分を介抱してくれた女に酷いことをしたと後悔しても、もう遅い。
女に組み敷かれるのは趣味じゃないが、今は押し退ける力もなかった。

「む、…が!?」

大人しくキスを受けていれば、熱い舌に押しやられた異物が俺の喉を滑った。
俺が目を見開くと、目だけで笑っているリナの顔が見える。
正体不明の物体を、意地でも飲み込むまいと不躾な舌を追いやるがそれを嘲笑うようにキスは深くなった。

「っ!」

健闘虚しく、とうとうそれを飲み込む。
俺の喉が動くのを感じて、リナがゆっくりと身体を起こした。

「なに、飲ませた」
「睡眠薬」
「はぁ?」
「魘されないくらい、どっぷり眠りなよ」

最後に下唇を甘噛みされた。

「口ん中の傷、わざわざ舐めやがって」
「背中と肩の礼よ。安いもんでしょ」
「……わりぃ」
「謝る前に、さっさと治しなよ」

そのままリナは仕事に出ていってしまった――勿論、服を着て。
考えたいことがまだまだ沢山あったが、ドアが閉まる音と同時に俺はコトリと眠りに墜とされた。