刹那の部屋を出て、自室に向かって廊下を歩き出す。ロスと先程の口喧嘩の再開をしつつ足早に進んでいた時だった。


「クーロム♪」


バフッ!


「!」


不意に誰かに後ろから抱きつかれた。俺は後ろを振り向いた。


「……稀琉(きる)」


俺に抱きついてきたのは稀琉だった。稀琉は名前を呼ばれると「おはよ〜」と太陽みたいな顔で笑った。こいつは俺より先にここにいて、俺と同じ裏の仕事をしてる。恐らく同じくらいの年齢だろう。常にBCのロゴが入った白い帽子をかぶっている。金髪で瞳は海のような蒼の一見派手に見える見た目とは裏腹に物腰が優しく穏やかな性格をしていた。


色んな奴に気を配れて愛嬌があり誰とでも仲良くなろうとする奴だ。今みたいにベタベタ触れてきて初めは鬱陶しさを感じていたが数年も同じようにやられれば流石に慣れてきた。


「よっ!朝から元気だな〜」


「ロスもおはよう!実は任務だったんだけど手こずっちゃって。2人も任務終わり?それならお疲れ様!」


ニコニコと笑う稀琉の上着には僅かに血痕が付着していた。この笑顔から想像も出来ないが裏の仕事…殺しや暴行をしていることを裏付けていた。こいつなら表の仕事でもやれたはずだが何故か裏の従業員をしている理由があるのだろう。まぁこいつにどんな事情があったとしても俺には関係ないが……。


「稀琉こそお疲れ〜。そういえば麗弥(れいや)は?」


「麗弥なら多分午前中に任務って言ってたから"あの場所"に行ってると思うよー」


麗弥はもう1人の従業員の名前だ。調子に乗りやすく稀琉よりも絡みがウザイ奴だ。今は出ているらしい。



「朝早くからご苦労なことだな」


「麗弥にしばらく会ってない?オレもなんか2人に会うの久々な気がする〜!最近忙しくてあんま会えてなかったからね」


「確かに稀琉に会うの久々かもなー」


「だよね!元気だった?」


ロスと稀琉は世間話をし始める。…こいつ塞がってきてるとはいえ俺の体が穴だらけなの忘れてやがるな。ただでさえ後ろから抱きつかれていて傷に障ったのに。そもそもねみぃって言ってんのにこのボケナス悪魔が。爽やかに笑いながら稀琉と話しているロスに苛立ちを覚える。



「……おい。俺は疲れてんだ。先行ってるぞ」


会話が終わるのを待つ気はないらしい。再び数歩歩き出すとコートが肩から少しずれはだけてしまった。


「ちょっと待って〜!コートはだけちゃってるよ」


いち早くそれに気付いた稀琉は会話を中断して駆け寄ってきた。


「自分で直せるっての」


「いいからいいから!それにしても相変わらずクロムは細いね〜」


「食堂にいるところ見たことないけどご飯きちんと食べてる?」と慣れた手つきでフードの紐を調整する。万が一銃痕を見られると面倒なので近寄って欲しくないが仕方ない。


「ぷっ。細いって言われてやんの〜。肉つけねぇからはだけんだぞ〜」


小馬鹿にしたようなロスを睨みつけながら「うるせぇ。ほっとけ」と呆れながら答える。悪魔と契約すると"ある条件"を満たさないとならないが代わりに食事を取る必要がなくなる。その為、食事はここに来てから殆どとっていなかった。食事をとっても取らなくとも体型は大きく左右せず、契約時の体型がデフォルトになることが多い。元々痩せ型であるクロムは筋肉がついたとしてもどうしても「痩せ過ぎている」と思われてしまうのだった。


「たまには一緒にご飯食べようよ」


「断る」


「そんな断言しないでよ〜。…はい!これでいいと思うよーー」


稀琉が服から手を離そうとした際に指に鎖が引っかかってしまった。


「!」


ジャラと音を立てて服の下に隠れていたアクセサリーが飛び出してきた。飛び出してきたのは透明の恐らく天然石で出来たダイヤ型のネックレスだった。それを見たクロムの表情が僅かに強張る。


「わ!ごめんね!痛くなかった?ネックレスも壊れてなくて良かった〜…凄く綺麗なネックレスだね!」


そんなクロムの様子を知らない稀琉はそれを見た素直な感想を述べた。