ふわりとした浮遊感が身を包んだ。…なんか心地良い温かさを感じる気がする。……太陽の暖かい日差しと月明かりの柔らかな光に包まれているような…。…まあ太陽は暖かいだけで体から力が抜けていくものだけど。
吸血鬼だけではなく、魔物はあまり太陽光が得意ではない。そうは言っても人間界に伝わっているように、浴びると体が消滅する事はない。だが太陽光は天界から降り注ぐものなので、どうしても魔物は苦手な光であった。悪魔であるロスや青鬼の力が眠る稀琉が、太陽光が苦手で対策をしているのはこれが理由だ。2人の場合はそこまで影響力はないので夏を中心に対策するのみになってるが。特にロスはそれなりに強い悪魔である為、強い日差し以外は然程影響はない。その他の魔物については大幅なパワーダウンはしないものの、力が抜けてしまう。それでもその温かさを求めて短時間の日光浴を嗜む魔物も少なくない。ヤナもその1人であった。もちろんそれは自身が安心して居られる場所に限られるが。
その温かさと月明かりの優しく淡い光が全身を包み込んでいる感覚があったのだ。それは長い時間ではなかったがヤナに心地の良い時間を与えていた。
「ん………」
段々と弱まってきた心地よさと比例するようにスッと目を開けるとそこは医務室であった。
ーーあれ…俺は一体何をしていたんだっけか……。なんか温かいところに居た気がするけど…医務室ってことは学校か…。
時間を見ると7時を過ぎていた。…なんでこんな朝っぱらからこんな所に居るんだ?ああ…そう言えば先生と手合せしててそれで……発作が起こって気絶させられたのか。
先程の事を思い出して苦虫を潰したような表情となる。
ふとベットの端に重みを感じて体を起こす。
「!」
そこにはクローディアが眠っていた。
……なんでこんな時間まで一緒に残ってんだよ、こいつ…。放って帰ればいいのに…。
スーと寝息を立てて寝ているクローディアの顔を見る。目の下の隈は先程教室に居た時よりも濃くなっている気がする。元々幸薄げな雰囲気を纏っているクローディアだが、目の下に隈が色濃く出ていると余計にそう感じた。
…元々は明るい奴だったのにな。あの日…俺と同じくあの時からこいつも大きく変わった。力がなくても一生懸命色々な事にチャレンジして危なかっしいところがあったし、平気で森を駆け回っていた。もちろん人間と同じくそういった行動は段々と減ってくるがそれにしても…あれから急に幸薄げというか儚げになってしまった。
「……」
指先で青白くなっている頬に触れる。体に纏っている筈の魔力を感じられず、体温が高くなっている。
…こいつ虚脱状態か?
虚脱は魔物が魔力を使い果たすと起こる現象で、全身に力が入らなくなり、魔力回復のために眠りについてしまう。加えて全身の疲労感、体温高上が症状として現れ動けなくなってしまう。
…だったら尚更、俺の事なんて放っておいて帰ればいいのに。なんで俺の看病なんてしてんだよ。お前の方が重症じゃんか。
思わずクローディアの頭に触れた時だった。
ーーガチャ
「!」
扉が開く音がして慌てて手を引っ込める。
「ああ、ヤナくん。目覚めていましたか」
入って来たのはフェイ先生だった。手にはオケと薬箱を持っていた。俺が寝ているベットの隣に来て側にそれ等を置いた。
「…おはようございます」
「おはようございます。体調は大丈夫ですか?手荒な事をしてしまいすみません」
横で寝ていたクローディアを抱き抱えて隣のベットに運んだ先生は俺に問いかける。
「…大丈夫です。俺の方こそ迷惑かけてすみません」
「いえいえ。僕としてもヤナくんの状態をきちんと把握する事が出来たので問題ありません」
慣れた手付きで布に含まれていた水を絞り、クローディアの額に乗せる。薬箱からいくつかの薬を取り出して調合を行いはじめた。少しの時間、先生が薬を調合する音だけが医務室内に響いていた。
「………」
横に置かれていた眼鏡を手に取ってつける。
先生と2人きりだと先程の事が嫌でも頭を過ぎってしまう。
「…ヤナくん」
「はい」
名前を呼ばれて先生の方を向くと、俺に背を向け先生は薬を調合をしていた。
「先程の戦闘見事でした。色々と考えてらっしゃったのでしょう。それに貴方がしている努力が伝わって来ました」
「…俺は一撃もあなたに入れられていません。それどころか…暴走しかけました。……慰めなんていりません」
ギュッと拳に力が入った。事実として俺は先生に一撃も喰らわせる事が出来なかった。気を遣っているのだろうが、そんなものはいらない。…結果が全てなのだから。その過程をどれだけ頑張ったとしても結果として現れてなければ意味がない。だからこそ先生のその言葉が妙に苛立ってしまった。
「……」
また沈黙が訪れる。流石のフェイ先生も俺の言い方にムッと来ているだろう。別にそれでもいい。どうせ…気まぐれでこの授業を受けているだけだ。それでフェイ先生に嫌われたとしてもどうでもいい。…結局、この先生も信用できないという結論に至るだけだ。
「…ヤナくん。僕は嘘が嫌いです」
「?」
再び先生の方を向くが先生は変わらずに薬の調合を続けている。心なしかその背中には少し怒りを感じる。
「取り繕うような言葉も好きではありません。ですので僕が言う言葉は全て事実です。信じるかどうかはもちろん相手次第ですけどね。僕は君と戦ってそう思ったから話しているのです。…勝手に僕の言葉を嘘と決めつけるのはやめて欲しいですね」
「……」
少し怒りがこもった言葉に目を逸らす。確かにこの先生は、真意を全て話さない事や言い方は変えるが嘘をつく人ではない。オブラートに包んで話しているようで事実を言っている事が多かった。
それでもあのような言い方をしてしまったのは先生に当たっていたからだ。
その事に気付いてなんとも言えない気持ちになる。
「言葉を選ばずに言えば僕は君が暴走するのは想定内でした。そうなるように戦っていましたからね。…大変でしたよ。貴方のスピードを目の当たりにして余裕があるような振る舞いをするのは」
「!」
俺は反射的に先生の方を見た。自身の強みである速さを認めてくれていたからだ。
「僕が君と戦って分析した貴方の強みと弱み…これからどうすべきか…僕なりの答えが出ましたが、それを受け入れられますか?それとも結果として、成熟した吸血鬼にはまだ叶わないという事実だけ知れればいいですか?
僕はどちらでも構いません。そのままで良いのなら無理強いはしません。これからはクローディアさんにだけ特別授業を行うだけです。…ヤナくん。君はどうしたいのですか?」
俺の方は見ずに調合した薬を瓶に入れて振り混ぜながら先生は問いかけてくる。あくまで俺に判断を委ねてくる。…やっぱりこの先生は苦手だ。嫌いではなく苦手だ。逃げても逃げなくても俺次第という言い方をしてくる。
そして先生は本当にどちらでもいいのだろう。それはどうでも良いとか、見捨てるという訳ではなく、自身の考えを押し付けないという先生の信念から来るものだ。きっと俺がもうしなくていいと言ったとしてもこの先生はその後、俺との接し方を変えたりしないだろう。
再び静寂が訪れる。先生は急かす訳でもなく俺の言葉を待っている。
「……俺は正直…面倒です。特別授業を受けるのは。面倒と言うか…他者の力を借りる事が…好きじゃないです。弱い自分を見せつけられているみたいで。でも…弱い自分が許せません。だから……納得しきれてはいませんが…先生の言う事を信じてみたいと思ってはいます」
俺がそう言うと先生は僅かに俺の方に顔を向けた。表情は分からない。それでも俺は先生を真っ直ぐ見ていた。
「……そうですか。分かりました」
机の上に瓶を置いた先生はようやく俺の方を向いた。その表情には優しさが滲み出ていた。
「僕を信じてくれようとしてありがとうございます。君にとってそれは容易な事ではないでしょう。それでも…そう決断してくれた事は一職員として嬉しいです」
立ち上がった先生は俺の方に歩み寄ってきた。
「改めて…よろしくお願いします。ヤナくん」
「…こちらこそ。よろしくお願いいたします」
差し伸べられた手に俺は一瞬躊躇したが手を差し出し、握手を行なった。
…この時の決断は間違えじゃなかったと後に思う事になる。この時に先生の言葉を聞かなかったら…きっと俺はこの後、今のように生きることは出来なかったのだろうから。
朝日が部屋の中に差し込む中、先生のその優しい表情がずっと心に残っていた。
吸血鬼だけではなく、魔物はあまり太陽光が得意ではない。そうは言っても人間界に伝わっているように、浴びると体が消滅する事はない。だが太陽光は天界から降り注ぐものなので、どうしても魔物は苦手な光であった。悪魔であるロスや青鬼の力が眠る稀琉が、太陽光が苦手で対策をしているのはこれが理由だ。2人の場合はそこまで影響力はないので夏を中心に対策するのみになってるが。特にロスはそれなりに強い悪魔である為、強い日差し以外は然程影響はない。その他の魔物については大幅なパワーダウンはしないものの、力が抜けてしまう。それでもその温かさを求めて短時間の日光浴を嗜む魔物も少なくない。ヤナもその1人であった。もちろんそれは自身が安心して居られる場所に限られるが。
その温かさと月明かりの優しく淡い光が全身を包み込んでいる感覚があったのだ。それは長い時間ではなかったがヤナに心地の良い時間を与えていた。
「ん………」
段々と弱まってきた心地よさと比例するようにスッと目を開けるとそこは医務室であった。
ーーあれ…俺は一体何をしていたんだっけか……。なんか温かいところに居た気がするけど…医務室ってことは学校か…。
時間を見ると7時を過ぎていた。…なんでこんな朝っぱらからこんな所に居るんだ?ああ…そう言えば先生と手合せしててそれで……発作が起こって気絶させられたのか。
先程の事を思い出して苦虫を潰したような表情となる。
ふとベットの端に重みを感じて体を起こす。
「!」
そこにはクローディアが眠っていた。
……なんでこんな時間まで一緒に残ってんだよ、こいつ…。放って帰ればいいのに…。
スーと寝息を立てて寝ているクローディアの顔を見る。目の下の隈は先程教室に居た時よりも濃くなっている気がする。元々幸薄げな雰囲気を纏っているクローディアだが、目の下に隈が色濃く出ていると余計にそう感じた。
…元々は明るい奴だったのにな。あの日…俺と同じくあの時からこいつも大きく変わった。力がなくても一生懸命色々な事にチャレンジして危なかっしいところがあったし、平気で森を駆け回っていた。もちろん人間と同じくそういった行動は段々と減ってくるがそれにしても…あれから急に幸薄げというか儚げになってしまった。
「……」
指先で青白くなっている頬に触れる。体に纏っている筈の魔力を感じられず、体温が高くなっている。
…こいつ虚脱状態か?
虚脱は魔物が魔力を使い果たすと起こる現象で、全身に力が入らなくなり、魔力回復のために眠りについてしまう。加えて全身の疲労感、体温高上が症状として現れ動けなくなってしまう。
…だったら尚更、俺の事なんて放っておいて帰ればいいのに。なんで俺の看病なんてしてんだよ。お前の方が重症じゃんか。
思わずクローディアの頭に触れた時だった。
ーーガチャ
「!」
扉が開く音がして慌てて手を引っ込める。
「ああ、ヤナくん。目覚めていましたか」
入って来たのはフェイ先生だった。手にはオケと薬箱を持っていた。俺が寝ているベットの隣に来て側にそれ等を置いた。
「…おはようございます」
「おはようございます。体調は大丈夫ですか?手荒な事をしてしまいすみません」
横で寝ていたクローディアを抱き抱えて隣のベットに運んだ先生は俺に問いかける。
「…大丈夫です。俺の方こそ迷惑かけてすみません」
「いえいえ。僕としてもヤナくんの状態をきちんと把握する事が出来たので問題ありません」
慣れた手付きで布に含まれていた水を絞り、クローディアの額に乗せる。薬箱からいくつかの薬を取り出して調合を行いはじめた。少しの時間、先生が薬を調合する音だけが医務室内に響いていた。
「………」
横に置かれていた眼鏡を手に取ってつける。
先生と2人きりだと先程の事が嫌でも頭を過ぎってしまう。
「…ヤナくん」
「はい」
名前を呼ばれて先生の方を向くと、俺に背を向け先生は薬を調合をしていた。
「先程の戦闘見事でした。色々と考えてらっしゃったのでしょう。それに貴方がしている努力が伝わって来ました」
「…俺は一撃もあなたに入れられていません。それどころか…暴走しかけました。……慰めなんていりません」
ギュッと拳に力が入った。事実として俺は先生に一撃も喰らわせる事が出来なかった。気を遣っているのだろうが、そんなものはいらない。…結果が全てなのだから。その過程をどれだけ頑張ったとしても結果として現れてなければ意味がない。だからこそ先生のその言葉が妙に苛立ってしまった。
「……」
また沈黙が訪れる。流石のフェイ先生も俺の言い方にムッと来ているだろう。別にそれでもいい。どうせ…気まぐれでこの授業を受けているだけだ。それでフェイ先生に嫌われたとしてもどうでもいい。…結局、この先生も信用できないという結論に至るだけだ。
「…ヤナくん。僕は嘘が嫌いです」
「?」
再び先生の方を向くが先生は変わらずに薬の調合を続けている。心なしかその背中には少し怒りを感じる。
「取り繕うような言葉も好きではありません。ですので僕が言う言葉は全て事実です。信じるかどうかはもちろん相手次第ですけどね。僕は君と戦ってそう思ったから話しているのです。…勝手に僕の言葉を嘘と決めつけるのはやめて欲しいですね」
「……」
少し怒りがこもった言葉に目を逸らす。確かにこの先生は、真意を全て話さない事や言い方は変えるが嘘をつく人ではない。オブラートに包んで話しているようで事実を言っている事が多かった。
それでもあのような言い方をしてしまったのは先生に当たっていたからだ。
その事に気付いてなんとも言えない気持ちになる。
「言葉を選ばずに言えば僕は君が暴走するのは想定内でした。そうなるように戦っていましたからね。…大変でしたよ。貴方のスピードを目の当たりにして余裕があるような振る舞いをするのは」
「!」
俺は反射的に先生の方を見た。自身の強みである速さを認めてくれていたからだ。
「僕が君と戦って分析した貴方の強みと弱み…これからどうすべきか…僕なりの答えが出ましたが、それを受け入れられますか?それとも結果として、成熟した吸血鬼にはまだ叶わないという事実だけ知れればいいですか?
僕はどちらでも構いません。そのままで良いのなら無理強いはしません。これからはクローディアさんにだけ特別授業を行うだけです。…ヤナくん。君はどうしたいのですか?」
俺の方は見ずに調合した薬を瓶に入れて振り混ぜながら先生は問いかけてくる。あくまで俺に判断を委ねてくる。…やっぱりこの先生は苦手だ。嫌いではなく苦手だ。逃げても逃げなくても俺次第という言い方をしてくる。
そして先生は本当にどちらでもいいのだろう。それはどうでも良いとか、見捨てるという訳ではなく、自身の考えを押し付けないという先生の信念から来るものだ。きっと俺がもうしなくていいと言ったとしてもこの先生はその後、俺との接し方を変えたりしないだろう。
再び静寂が訪れる。先生は急かす訳でもなく俺の言葉を待っている。
「……俺は正直…面倒です。特別授業を受けるのは。面倒と言うか…他者の力を借りる事が…好きじゃないです。弱い自分を見せつけられているみたいで。でも…弱い自分が許せません。だから……納得しきれてはいませんが…先生の言う事を信じてみたいと思ってはいます」
俺がそう言うと先生は僅かに俺の方に顔を向けた。表情は分からない。それでも俺は先生を真っ直ぐ見ていた。
「……そうですか。分かりました」
机の上に瓶を置いた先生はようやく俺の方を向いた。その表情には優しさが滲み出ていた。
「僕を信じてくれようとしてありがとうございます。君にとってそれは容易な事ではないでしょう。それでも…そう決断してくれた事は一職員として嬉しいです」
立ち上がった先生は俺の方に歩み寄ってきた。
「改めて…よろしくお願いします。ヤナくん」
「…こちらこそ。よろしくお願いいたします」
差し伸べられた手に俺は一瞬躊躇したが手を差し出し、握手を行なった。
…この時の決断は間違えじゃなかったと後に思う事になる。この時に先生の言葉を聞かなかったら…きっと俺はこの後、今のように生きることは出来なかったのだろうから。
朝日が部屋の中に差し込む中、先生のその優しい表情がずっと心に残っていた。

