「うっ……!」


「坊ちゃん?」



ジルが慌てて立ち上がる。


俺はというと口をパクパクさせながら必死に呼吸をし、失いそうな意識を保とうと目を見開く。


いつもは隠しておく牙が口からはみ出る。


ーー血が欲しい。


その衝動がヤナを苦しめていた。


そうか……今日は…暁の日か……!


よく聞かれる満月ではなく、純血の吸血鬼の場合は暁に魔力が増す。


それが狩猟欲求を高めてしまうのだ。



ーー見たらいけない。


暁を見てしまったら…取り返しのつかないこととなる…!


そう思えば思うほど体に力が入ってしまい思わずよろけてしまった。


ーーカシャン


つけている眼鏡が床に音を立てて落ちていく。


思わず目で追うと視界の片隅に紅い球体が窓から見えてしまった。



ヤバイ……もう…無理……!


必死で目を晒そうとするが顔が勝手にそっちを向いてしまう。


もう少しで直視しそうになった時だった。


ーーガバッ!


「…!!」


「見てはいけません!坊ちゃん!」


ジルが目を覆ったのだ。


「ウッ……グッ……!!」


そうは言ってもなかなか抑えられるものではなかった。


苦しさのあまりジルを襲いかねない状況であった。


しっかりしているとはいえヤナもまだ成熟しきってはいない。


普段ですら満月などを見ていても魔力の増加を誘発してしまうくらいだった。


欲求をコントロールするにはまだ無理があったのだ。


嫌でも口の端から唾液がこぼれ落ちていっているのが分かる。


そんなヤナの様子を見ていたジルはテーブルにあったバターナイフに手を伸ばした。


そして勢いよく自分の肩を切り裂いた。


一気に広がる血の匂いにいよいよヤナは我慢の限界に近づいた。


「坊ちゃん。俺の血を飲みなさい。あまり美味しいものではありませんが…俺の血なら少しは落ち着けるでしょう」


その言葉が終わるのと同時くらいに限界を迎えたヤナはジルに噛み付いた。


その牙がジルの肩を貫き生暖かい血液が口に広がる。


しばらくの間ヤナはジルの血を摂取していた。


その間、ジルは1mmも動かずに目を押さえ続けた。


やがて落ち着いたヤナが我に返り倒れ込んだ。


ジルは倒れ落ちないようにヤナを抱えるとベッドに連れて行った。