Devil†Story

「ッ…!」

思わず声にならない声で唸る。

腹からの痛みもそうだが、何よりも最愛の妻の死、愛している息子がその死に関与しているという事実に、胸が張り裂けそうな思いが込み上げてきたからだ。


しかし、新は息子が激変した理由に気づいていた。


「琉稀…お前、まさか…悪鬼に取り憑かれてるのか…?」


新の口から出た悪鬼という存在は、太古の昔から存在するものであった。


青鬼院家と契約したような類の鬼は、地獄の番人として罪を犯した魂を罰する為の者であった。

気まぐれで契約こそしたものの、本来ならば生きた生物に関与することは殆どない。

地獄の番人としての使命を果たし、その魂が次に転生した時に同じような罪を犯さぬように制御していた。


恐ろしいことで有名な鬼であるが、別な視点で見れば全てはそのような罰をその魂が二度と受けないようにする為に…言わば人間の為に動く者だ。


だから、恐ろしい罰を与える際に痛めつけても、その魂や人を喰らったり、罪を犯すように仕向けるような事はしない。


しかし、悪鬼は違う。

同じ鬼でも悪鬼の場合はその逆で生物の魂や肉体を自分の欲の為に喰らったり、心の隙間に入り込み悪事を働かせたりしていた。

前者の鬼は高貴な存在であり、己の使命を全うすることを信条に過ごすが、悪鬼は人を陥れる為ならどんなに汚い手を使ってでも陥れようとする。


いわゆる美学がない。


後者の鬼が俗に我々人間がイメージする鬼であった。


どんな人間にも悪鬼は取り憑くが…特に悪鬼は前者の鬼と契約した人間に執着していた。


それは何故か。


前者の鬼が人間と契約してからというもの、悪鬼は人に取り憑く隙がなくなった事と、元々案入れない存在同士だった両者であった為、人と地獄の番人が結託し、悪鬼を殲滅した為、一時衰退した。

そしてしばらくの間姿を見せなくなった。


その為、ある一定の期間は悪鬼は消え去ったと思われていた。


しかし、姿を見せなくなっただけで、悪鬼は影で身を隠していた。


いつかまた地上に戻れるその時を影から伺っていた。


時代は変わり…今度は前者の鬼がこの世から消え去り始めた。


殆どの鬼が消えるか、地獄に戻ってしまった。

気を伺っていた悪鬼は今だとばかりにまた地上に顔を見せはじめた。

しかし、数世紀も影に隠れ、傷を付けられた悪鬼はそれまでの力は失っていた。

力を持った人間は中々いない。


居たとしても逆に返り討ちにあっては元も子もない。

だから、悪鬼達は考え、ターゲットを絞った。


そう…


地獄の番人と契約したが、その使命を忘れ始めた人間たちに。


もちろん他の力の強い人間よりもリスクが高い事は承知の上であった。


しかしどうしても悪鬼達はその人間を狙いたかった。


全ては虐げられた復讐が糧となっていた。


その事は、知らない一族も居たが青鬼院家の人間には代々語り継がれていた。

もちろん新も稀琉と琉稀に話をしていた。


だから知っていたはずだったのに…何故?


「……」


疑問を胸に新は息子を見つめる。


琉稀は少し考えていたが、首を傾げながらこう答えた。


「…さぁ?何のこと?悪鬼だかなんだか知らないけど……これは俺の意志だよ」


口角を上げて卑しい笑みを浮かべながら絶望的な言葉を発した琉稀に新は確信がついた。


なんてことだ…


まさか、琉稀が…悪鬼に、心を奪われるなんて……


なんでだ?


なんで、そんな声に耳を傾けてしまった?


……………いや、答えなら出てる…か。


「そんなことはどうでもいいよ。お前らさえ消えてくれるなら…この際、どんな力でも俺は欲しいんだ」


そう言って薔薇の蔦を新の頭に向ける琉稀の顔をもう一度見る。


その表情はやはり今まで見たことのない位の歪んだ表情であった。


「……私たちのせいだな」


「…ハッ?」


突然の新の言葉に琉稀はいきなり何なんだとばかりに聞き返す。


「薄々気付いてはいた。…お前の心に闇が覆い始めていたことは。青鬼院家を継ぐという使命があったとはいえ…私たちはお前に厳しくし過ぎた。口論にばかりなり…頭ごなしにお前を否定してきた…」


「………」


新の言葉に黙って耳を貸す琉稀。


見下ろす形で琉稀は新を見ていた為、目元が暗くなっていてどんな表情をしているかは分からない。


だが、新は言葉を続けた。


「今更言い訳などしないが…これだけは聞いてくれ。さっき母さん…鈴が言っていたことは本当のことだ。私たちは…琉稀。お前のことも愛していた。青鬼院家としての生き方を私…俺は叩き込まれていて、鈴にもそれを叩き込んだ。だから…そういった生き方しかしてこなかった。だが、同時に…特に鈴はお前に対しての接し方に心を痛めていた。誓約だと分かっていたが…それ以前に俺たちは親だ。お前達の…」



「………………」


更に俯く流稀から表情は読めなくなってきた。


「こうなったことも俺たちの責任だ。どうなっても…自業自得だと思う。だがーー」


そこまで言ったのと同時に頭上から衝撃が走った。


「グッ…!」

思わず呻く。

流稀は表情は変えずに、新の前まで来てしゃがみ…こう言い放った。

「……だから?」


「!」


顔を上げ、流稀の顔を見ると軽蔑したような…まるで地を這う虫を見るかのように冷たい目で新を見ていた。


「愛してた?自分はどうなってもいい?ハッ…今更そんな言葉…言い訳にすら聞こえないね。」


「ッ…!」

冷たい眼差しを見せる息子に自分の言葉は響かないと諦めが頭を過ぎったが、それを無視して掠れた声で叫ぶ。


「琉稀…!頼む…俺を殺すのは構わない…!だが!キル…あの子には今まで通りに接してやってくれ!あの子が1番…色々なことを感じて…我慢してきた…!きっと心が限界なことすら気づかずに…俺たち家族のためにいつも想ってる!それはお前が1番わかるだろう?だから……あの子には何もするな…!」


出血が酷くなってきたと共に…意識も朦朧としてきた…。


俺に残された時間は…残り僅かだ。


頼む…琉稀!


悪鬼なんかに負けるな…


お前は……


「青鬼院 琉稀!!お前は俺の大切な息子だ!悪鬼なんかに……負けるな!」


「!」


その言葉に琉稀の目に僅かであるが光が戻りそうな兆しが垣間見えた。

「父…さん…俺……」

琉稀が頭を抱える。

戻ったか…?

新がそう思うのと同時に琉稀の頭の中にまた声が響いた。