「稀琉。起きろ」
相変わらずクロムが稀琉の耳元で囁いていた時だった。
「うっ………」
「!」
微かに聞こえた声が耳に届いた瞬間、クロムは稀琉の顔を見た。
眉を潜めているその様子に目が覚めるサインを確認したクロムは、離れてロスの後ろへ行った。
「………」
意地でも優しく起こしたことを知られたくねぇんだな。
それを感じ取ったロスは敢えてそれに触れず、稀琉の近くで呼び掛ける。
「稀琉」
「ん………」
スッと青い瞳が開かれた。
「ク…ロム…ロス………?」
「やっと、起きたな!大丈夫?」
ニコリと笑いながら問い掛けるロス。
その後ろに、後ろを向いたまま顔だけこちらに向けているクロムの姿があった。
あれ…?
クロムの声が聞こえたんだけどな………。
ロスだったのかな…?
あの時、濃い紺色の世界に響いた2つの声。
確かに聞こえたんだけど……。
そうは思いながらも心配してくれているロスの目の前で考えている場合じゃない。
「あっ…大丈夫だよ………うっ………」
起き上がろうとした時、胸に鋭い痛みと頬のじんじんとした痛みに顔をしかめる。
「大丈夫か?」
ロスが額に触れる。
「んー、やっぱし熱っぽいな。苦しい?まだ横になってた方がいんじゃない?」
ロスのひんやりとした手が心地よい。
体の倦怠感が酷い。
まるで酷い風邪にかかった時のような………小さいときによくなった高熱の時のようなだるさが体にまとわりつく。
あ………やっぱり、熱あるんだな…。
兄さんに叩かれた方の頬だけではなく、片方の頬も熱さを帯びているのはそれのせいか…。
クロムが両頬を平手打ちしていたことなど知らない稀琉はそう思っていた。
でも、この状態には慣れている。
「うん、大丈夫。…ちょっと、力に当てられただけ………」
横にさせようとしたロスを制止、上半身だけ体を起こす。
「っ………」
片手で頭を押さえている稀琉。
「………」
その様子を見たクロムがようやく口を開く。
「……稀琉」
「何…?」
「……お前、先に刹那んとこ戻ってろ」
「!」
クロムのその発言に稀琉は驚いた。
なんで…。
「その状態じゃ戦えねぇだろ。さっきみたいになられても面倒だからな。…麗弥は俺等が連れ戻すから」
「………」
クロムの言葉を黙って聞いているロス。
「あ………」
“さっきみたいになられても”
この言葉の意味を瞬時に理解する稀琉。
どんな形であれ…裏切ったようなものだろう。
でも……。
稀琉はクロムの顔を見た。
「待ってクロム。オレも連れてって…さっきみたいにはならないから…。それに……」
一呼吸おいてから稀琉は言葉を続けた。
「オレの家族が起こしたことだ。自分の過去とけじめをつけるためにも…もう逃げたくないんだ。熱なら大丈夫だから…だから、お願い。オレも一緒に連れてって…」
じっとクロムの紅い目を見つめながらハッキリと稀琉は言った。
「……」
こういう目をした奴は…引かない、か。
「……ちっ。分かった。足引っ張んなよ」
舌打ちをしながら答えるクロム。
明らかに納得はしていない声色。
でも、クロムはそれ以上何も言わなかった。
「…ありがと、クロム。そして、ごめんなさい。…来てくれてありがとう。2人とも」
微かに微笑む稀琉にロスは「いいえー。どいたま~」と答える。
「…行くぞ。ここで時間を食えば食うほど…あのバカの生存率が下がる。…案内くらいしろよ、稀琉」
後ろを振り返らずに短く言ったクロムは、先へ進む。
「うん」
稀琉は、ロスがかけてくれたコートに礼を言いながら渡し、立ち上がる。
「まー、無理すんなよ稀琉。慣れてんのかもしれねぇけど、負担がかかってるのには変わりねぇから。意識飛びそうになったら休めな?」
コートを羽織ったロスが稀琉にそう伝えた。
「うん。ありがとう」
そして、クロムの後を追う2人。
……そうだ。逃げちゃ…駄目だ。
そう決めたじゃないか。
………待っててね、麗弥。
すぐに行くからね。
静かに目をつむって、そう思う。
そして、目を開けて先へ進む。
12年前のけじめをつけるために。

