Devil†Story

「…………」


輝太の言葉がクロムの耳に届いてから少しの間、沈黙が流れた。それはほんの僅かな時間であったが輝太にとって、長く感じる時間であった。再び、花嵐が突き抜けた後にクロムは口を開いた。


「……俺はもう来ないぞ」


「…!」


何処か予想は出来ていた。先述した通り、輝太はクロムが療養するのに、ここに来る事をよく思っていないのを知っていたからだ。それでも懸命に絞り出した言葉が簡単に否定されると頭を殴られたくらいショックであった。予想していたとはいえ目に涙が溜まっていくのを感じた。


「そう…だよね……。今日まで…ありがとう……」


「…………」


堪えられずに目から零れ落ちる雫を見られないように輝太は前を見る。横目で見た輝太の顔は暮相に染まっており、比例するように翳りが出ていた。対照的に少し先に見える噴水の水は、その柔らかくなりつつある陽を浴びて、煌めいている。その様子に小さくため息をついた。チラリと3人の様子を見るとロスを捕まえるのを諦めたのか、麗弥は稀琉を追いかけていた。稀琉の声が聞こえているのを確認したクロムは口を開いた。


「……偶然」


「え?」


「偶然、前を通りかかる時はあるかもしれねぇな」


「?」


意味が分からずに考えていると「ちょっとー!やめてよー!」と稀琉の声が聞こえてきた。


「こうなったら誰でもええ!捕まりぃや!」


「ちょっとなんで本気になってるの!?もー!麗弥は本当に負けず嫌いなんだから!」


「!」


ー本当に!クロムは言葉が足りないんだから!ー


以前、稀琉がクロムに言っていた言葉がフラッシュバックし、思わず前をクロムの方を見ると変わらずに字を追っていた。しかし、それは「通りかかったら会えるだろう」という意味であることに気づくのにそう時間はかからなかった。


「クロムお兄ちゃん…それって…」


「さぁな。そんなことより、休憩が終わったならあの馬鹿どもをどうにかしてこい」


ぶっきらぼうに返すクロムであったが、その普段通りの姿にとてつもなく安心することが出来た。嬉しくなった輝太は目を袖で拭ってから「…うん!」と元気に走って行った。


「…………」


再びベンチにはクロムだけが残っている…はずであった。


「「偶然、通りかかるかもな」なんて、随分お優しいことで」


いつの間にか遊びから抜け、木の影から腕を組んだロスが揶揄うように声をかけてきた。日差しが強かったのかフードをかぶっている。


「………てめぇこそ、随分とお楽しみだったじゃねぇか」


近くにロスが来ていたことに気付いていたのか驚く様子もなく、ページをめくった。


「あぁ、楽しませて貰ったよ」


「意外と面白いもんだな、人間の遊びも」と嗤うロスを一瞥してからため息混じりに答える。


「……ペテン師が」


ロスの言葉が嘘であることにすぐに気づいていた。ロスは悪魔だ。悪魔が取り繕う為に人間と馴れ合う振りをすることがあっても、対等に扱う事はないのを知ってる。そんなロスが人間のこどもがする遊びを楽しいと思わないことは明白であった。


「ハハ。そっくりそのままお返しするぜ。…嘘つきが」


「………何のことだ」


表情を変えずに返すクロムの言葉の真意を知っているロスは木に寄りかかりフードを被り直した。何故だか理由は分からないが何処か楽しそうだ。


「そんな気ねぇくせに。希望を持たせて堕とす…。やり方がが悪魔みてぇだな」


「……そうでも言わねぇとうるさそうだったからな」


「別に最後なんだからいいじゃん、泣いてたってさ。寧ろ、その方が互いの為だったと思うけどー?」


ベンチに置いてあったけん玉を手に取って遊び始める。やりながら「見た目よりも難しいんだな」ととめけんをしていた。揶揄っているのだろう。それに気付いているクロムは溜め息をつきながらページを捲る。


「……ただでさえ目立つような事ばっかしてたんだ。これ以上目立つのはごめんだ」


「ふーん。まぁ、そういう事にしといてやるーー」


「よっ」と、コツを掴んだのか剣先に玉が吸い込まれていき、見事に決めていた。


「おぉ〜。入った、入った。達成感はあるが、何が楽しくてこんなのするんだか。やっぱ俺にはわからねぇな、人間の感覚は」


「………」


けん玉をベンチに置いたロスは他人事のように呟いた。それを無視した瞬間であった。


「ーーターッチ!」


「!」


突如聞こえた声と腰に感じた感触にロスが振り向くと、そこには輝太が笑顔でこっちを見ていた。


「…おー?輝太。全然気づかなかったぞ〜」


のんびりと答えつつ、ややオーバー気味にリアクションする。

(……嘘じゃねぇな)


ロスの言葉に嘘がないことにすぐ気づく。理由は簡単だ。先程輝太が来た時は気配で気付けるくらいだったからだ。一般人どころかこどもである輝太の気配は気を張り巡らせておかずとも気付ける。しかし、それがなかったのだ。


(……俺もさっきは感じたのに今は気配を察知できなかったな。俺はともかくこいつも気づかない事なんてあんのか?)


自身はともかく、ロスも気付かなかった事に疑問を持つ。それはロスも同じようで不思議そうにしていた。


「もー、ロスお兄ちゃんったら一緒に遊んでたのにクロムお兄ちゃんと話してー!」


「ハハ。ごめん、ごめん」


「いいよ!じゃあタッチしたからロスお兄ちゃんが鬼だよ!」


そう言いながら逃げる輝太。…好都合だな。ここんところ嫌味ばっかだからな。面倒だから違うことをしてもらった方がいい。


「……ほら、俺にちょっかいかけてねぇで行ってこいよ」


違和感を感じなががらもウザ絡みをされて面倒だと感じていたクロムは好都合とばかりにそう言った。手では野良猫追っ払うような仕草をしていた。


「おー…?」


「ほらー!ロスお兄ちゃん!早く早くー!!」


何か言いたげであったがそれよりも大きな声で話しかけてくる輝太の勢いに負けて再び遊びに戻った。静けさを取り戻したベンチで残り少ないページに手をかけ。進めて行った。それから数十分間、元通りの時間が流れていた。


ーー「………」


本を読み終えたクロムは本を閉じながら深く一呼吸をおいた。気づくと鬼ごっこも落ち着いたようで今は遊具で遊びながら話しをしていたようだ。日の傾き的にそろそろ17:00になる。再び深く苦呼吸をしてから本をポケットに入れた瞬間であった。


「ーー輝太!!!」


「!!」


輝太の名を呼ぶ女性の大声が響き渡った。