ーー次の日。学校が終わり今日も公園に行ってみようとランドセルを背負った瞬間だった。
「輝太さん」
「先生」
放課後に担任の教師に声をかけられた。教師は僅かに険しい表情をしている。
「少しお話ししたいことがあるので来てください」
「は、はい」
断れる雰囲気ではなく、担任の後ろをついて歩く。何となく会話をしてはいけないと思い、黙々とついて行くと担任はカウンセラールームの中に入った。
(カウンセラールーム?なんだろ…。僕、何も相談することなんてないんだけどな…)
そう思いながら、続けて輝太も中に入る。
「先生?僕は相談することなんてないんですけど…」
「いいから座りなさい」
先生が先に椅子に座ると、同じように座るように促せられる。恐る恐る座ると先生は手にメモ用紙を持っていた。
「輝太さん。隠しても仕方がないのでストレートに聞きますが、昨日太一さん達と公園で喧嘩しましたね?」
「!」
担任の言葉にドクンッと心臓が跳ね上がる。
(昨日のことだ…。太一くん…先生に言うって言ってたもんね…)
嫌な緊張感が体を駆け巡り、口がカラカラに乾いていく。思わず黙っていると立て続けに担任は聞き取りを行う。
「それと最近高校生くらいのお兄さん達と公園で遊んでいる?」
「!」
担任の言葉にすぐに相手がクロム達だと理解する。
(え…?なんでクロムお兄ちゃん達のことを…?どうしよう…。先生のこの感じ、怒ってる…よね?)
「どうなんですか?」
「あ、あの…その…」
どう言おうか迷っている輝太の様子に担任は少し微笑んだ。
「勘違いしないで欲しいんだけど、怒りたくて聞いているんじゃないの。まずは耀太さんのお話を聞きたいのよ」
「あ、あの…」
「もちろん何か間違いをしてしまったのであれば、お話ししなければならないこともありますけどね」
「………」
チラリと担任の顔を見ると確かに怒っている様子はなく、真剣に聞いてくれているように感じた。
「………」
深呼吸してから輝太は昨日の出来事を話した。嘘偽りはせず、全てを。時折メモをしながら担任は輝太の言葉を黙って聞いていた。全てを聴き終えた担任はボールペンを机の上に置いた。
「分かりました。…それで今、輝太さんはどう思っていますか?」
「…怒ってしまったとはいえ、叩こうとしたのは…いけないことだったと思う…」
「そうですね。輝太さんが怒る理由も先生は理解しますが、叩かなかったとはいえ太一さんは怖かったと言ってました。…ねえ、輝太さん。もし次に同じことになったらどうしますか?」
「え…?」
「ですから、また太一さんがつい言い過ぎてしまって輝太さんが怒ってしまった時……どうしますか?」
「………」
ー次はきちんとお話しするー
そう言うつもりだった筈だが、何故か言葉に出来なかった。
(なんで?やっぱり…僕は太一くんの事を許せてないのかな…?)
そう思った時だった。
ー我慢しなくていいじゃんー
「!?」
耳元で声が聞こえた。反射的に当たりを見渡すが誰もいない。
(誰もいない…?でも、すぐそばで声が…)
「ーー?どうしましたか?」
「!」
担任の声で我に帰る。視線を戻すと担任は不思議そうにしていた。その顔に焦りを感じて慌てて首を振る。
「いえ、なんでもないです。えっと…次は叩こうとしないでお話しします」
誤魔化すように担任からの問いに答える。教師は少し考える素振りをしたが、満足そうに頷いた。
「いい事ですね。では、明日お互いにごめんなさいしましょうね」
「…はい」
少し納得出来ない部分もあったが、悪い事をしてしまったのは事実だ。何も言わずに返事をした。
「偉いわね。それと…もう一つのお兄さんの件も聞いていいかしら?」
「えっと…何を?」
「輝太さんはあまり放課後にお友達と遊んだりしてないでしょう?学童に行っている訳でもないし…。だから、もしそうだったらいいなと思って聞いているだけよ」
「!」
先生の顔を見るとその言葉に偽りはないようで優しく微笑んでいる。少し考えた後に輝太はコクリと頷いた。
「…うん。遊んでるよ」
「そうなのね。何して遊んでいるのかしら?」
「えっとね。普通に遊んでるよ。鬼ごっことかかくれんぼとか、公園の遊具で遊んだとか。あっ!後ね!けん玉も教えて貰ったの!」
「そう。けん玉も教えて貰ったんだ?」
「うん!ーーあっ!見てて!」
そう言って立ち上がる。カウンセリングルームには少しだが玩具が置いてある。色々と悩んでいるこども達が少しでもリラックスできるような環境配慮だ。その中にけん玉を見つけて輝太はそれを手に取った。そしてクロム教えて貰った回しけんを披露した。
「凄いわね。高校生でけん玉ができるなんて中々居ないもの」
「僕も初めてやったんだけどお兄ちゃん達は凄いんだよ!」
「そうなのね。先生、他にも輝太さんのお話を聞きたいわ」
「いいよ!」
それから輝太は担任にクロム達と過ごした日々の話しをした。嬉しそうに話す輝太の様子に担任はずっと耳を傾けてた。段々と太陽が傾いてきており輝太の笑顔が輝いて見えていた。
「ーーとか!」
「そうなんだね。…ねぇ、輝太さん。お兄さん達は学校に行っているのよね?お名前とかは聞いているのかしら?」
「うん!お名前はーー」
クロム達の話をしようとした瞬間であった。
ーーいいか、輝太。俺等の名前を大声で呼ぶんじゃねぇよ。個人情報はベラベラ話すもんじゃない。少なくとも俺は俺がいねぇとこで勝手に話されるのは大嫌いだ。
「!」
以前にクロムに言われた言葉を思い出す。突然口をつぐんだ輝太に不思議そうな表情を浮かべる。
「どうしましたか?」
「えっと……。それは…いくら先生でも話せない。お兄ちゃん達が嫌がるし…個人情報だから」
輝太から出た“個人情報”という言葉に驚愕する。知っての通り輝太は学力はあまり高くない。難しい言葉も苦手で集団での指示もなかなか理解しきれない。そんな輝太から出た言葉にそれを教えたのはその高校生ということが理解出来た。
「確かにそうよね。それはお兄さん達に教えて貰ったの?」
「うん。お兄ちゃん達は僕に色々教えてくれるよ。…もしかして先生も悪い人達だと思ってる?」
「そんな事はないわ。ただ…どんな人達なのかは私の立場として聞いておきたかっただけなの。…どうしてもお兄さん達の詳しいお話は内緒なのかしら?」
「うん…。お兄ちゃん達に嫌われるような事はしたくないから」
俯く輝太の反応に静かに溜め息をつく。その溜め息に体が硬直してしまうが先生はすぐに優しそうな笑みを浮かべた。
「分かりました。輝太さんは友達想いね。年上の友達だけど大切にするのよ」
「うん!」
「あっ。ごめんなさいね、こんな時間になってしまったわね。色々教えてくれてありがとう」
「いいえ!それじゃ先生さようなら!」
「はい。さようなら」
元気よく立ち上がって扉に向かった輝太は担任に手を振って出て行った。
「輝太さん」
「先生」
放課後に担任の教師に声をかけられた。教師は僅かに険しい表情をしている。
「少しお話ししたいことがあるので来てください」
「は、はい」
断れる雰囲気ではなく、担任の後ろをついて歩く。何となく会話をしてはいけないと思い、黙々とついて行くと担任はカウンセラールームの中に入った。
(カウンセラールーム?なんだろ…。僕、何も相談することなんてないんだけどな…)
そう思いながら、続けて輝太も中に入る。
「先生?僕は相談することなんてないんですけど…」
「いいから座りなさい」
先生が先に椅子に座ると、同じように座るように促せられる。恐る恐る座ると先生は手にメモ用紙を持っていた。
「輝太さん。隠しても仕方がないのでストレートに聞きますが、昨日太一さん達と公園で喧嘩しましたね?」
「!」
担任の言葉にドクンッと心臓が跳ね上がる。
(昨日のことだ…。太一くん…先生に言うって言ってたもんね…)
嫌な緊張感が体を駆け巡り、口がカラカラに乾いていく。思わず黙っていると立て続けに担任は聞き取りを行う。
「それと最近高校生くらいのお兄さん達と公園で遊んでいる?」
「!」
担任の言葉にすぐに相手がクロム達だと理解する。
(え…?なんでクロムお兄ちゃん達のことを…?どうしよう…。先生のこの感じ、怒ってる…よね?)
「どうなんですか?」
「あ、あの…その…」
どう言おうか迷っている輝太の様子に担任は少し微笑んだ。
「勘違いしないで欲しいんだけど、怒りたくて聞いているんじゃないの。まずは耀太さんのお話を聞きたいのよ」
「あ、あの…」
「もちろん何か間違いをしてしまったのであれば、お話ししなければならないこともありますけどね」
「………」
チラリと担任の顔を見ると確かに怒っている様子はなく、真剣に聞いてくれているように感じた。
「………」
深呼吸してから輝太は昨日の出来事を話した。嘘偽りはせず、全てを。時折メモをしながら担任は輝太の言葉を黙って聞いていた。全てを聴き終えた担任はボールペンを机の上に置いた。
「分かりました。…それで今、輝太さんはどう思っていますか?」
「…怒ってしまったとはいえ、叩こうとしたのは…いけないことだったと思う…」
「そうですね。輝太さんが怒る理由も先生は理解しますが、叩かなかったとはいえ太一さんは怖かったと言ってました。…ねえ、輝太さん。もし次に同じことになったらどうしますか?」
「え…?」
「ですから、また太一さんがつい言い過ぎてしまって輝太さんが怒ってしまった時……どうしますか?」
「………」
ー次はきちんとお話しするー
そう言うつもりだった筈だが、何故か言葉に出来なかった。
(なんで?やっぱり…僕は太一くんの事を許せてないのかな…?)
そう思った時だった。
ー我慢しなくていいじゃんー
「!?」
耳元で声が聞こえた。反射的に当たりを見渡すが誰もいない。
(誰もいない…?でも、すぐそばで声が…)
「ーー?どうしましたか?」
「!」
担任の声で我に帰る。視線を戻すと担任は不思議そうにしていた。その顔に焦りを感じて慌てて首を振る。
「いえ、なんでもないです。えっと…次は叩こうとしないでお話しします」
誤魔化すように担任からの問いに答える。教師は少し考える素振りをしたが、満足そうに頷いた。
「いい事ですね。では、明日お互いにごめんなさいしましょうね」
「…はい」
少し納得出来ない部分もあったが、悪い事をしてしまったのは事実だ。何も言わずに返事をした。
「偉いわね。それと…もう一つのお兄さんの件も聞いていいかしら?」
「えっと…何を?」
「輝太さんはあまり放課後にお友達と遊んだりしてないでしょう?学童に行っている訳でもないし…。だから、もしそうだったらいいなと思って聞いているだけよ」
「!」
先生の顔を見るとその言葉に偽りはないようで優しく微笑んでいる。少し考えた後に輝太はコクリと頷いた。
「…うん。遊んでるよ」
「そうなのね。何して遊んでいるのかしら?」
「えっとね。普通に遊んでるよ。鬼ごっことかかくれんぼとか、公園の遊具で遊んだとか。あっ!後ね!けん玉も教えて貰ったの!」
「そう。けん玉も教えて貰ったんだ?」
「うん!ーーあっ!見てて!」
そう言って立ち上がる。カウンセリングルームには少しだが玩具が置いてある。色々と悩んでいるこども達が少しでもリラックスできるような環境配慮だ。その中にけん玉を見つけて輝太はそれを手に取った。そしてクロム教えて貰った回しけんを披露した。
「凄いわね。高校生でけん玉ができるなんて中々居ないもの」
「僕も初めてやったんだけどお兄ちゃん達は凄いんだよ!」
「そうなのね。先生、他にも輝太さんのお話を聞きたいわ」
「いいよ!」
それから輝太は担任にクロム達と過ごした日々の話しをした。嬉しそうに話す輝太の様子に担任はずっと耳を傾けてた。段々と太陽が傾いてきており輝太の笑顔が輝いて見えていた。
「ーーとか!」
「そうなんだね。…ねぇ、輝太さん。お兄さん達は学校に行っているのよね?お名前とかは聞いているのかしら?」
「うん!お名前はーー」
クロム達の話をしようとした瞬間であった。
ーーいいか、輝太。俺等の名前を大声で呼ぶんじゃねぇよ。個人情報はベラベラ話すもんじゃない。少なくとも俺は俺がいねぇとこで勝手に話されるのは大嫌いだ。
「!」
以前にクロムに言われた言葉を思い出す。突然口をつぐんだ輝太に不思議そうな表情を浮かべる。
「どうしましたか?」
「えっと……。それは…いくら先生でも話せない。お兄ちゃん達が嫌がるし…個人情報だから」
輝太から出た“個人情報”という言葉に驚愕する。知っての通り輝太は学力はあまり高くない。難しい言葉も苦手で集団での指示もなかなか理解しきれない。そんな輝太から出た言葉にそれを教えたのはその高校生ということが理解出来た。
「確かにそうよね。それはお兄さん達に教えて貰ったの?」
「うん。お兄ちゃん達は僕に色々教えてくれるよ。…もしかして先生も悪い人達だと思ってる?」
「そんな事はないわ。ただ…どんな人達なのかは私の立場として聞いておきたかっただけなの。…どうしてもお兄さん達の詳しいお話は内緒なのかしら?」
「うん…。お兄ちゃん達に嫌われるような事はしたくないから」
俯く輝太の反応に静かに溜め息をつく。その溜め息に体が硬直してしまうが先生はすぐに優しそうな笑みを浮かべた。
「分かりました。輝太さんは友達想いね。年上の友達だけど大切にするのよ」
「うん!」
「あっ。ごめんなさいね、こんな時間になってしまったわね。色々教えてくれてありがとう」
「いいえ!それじゃ先生さようなら!」
「はい。さようなら」
元気よく立ち上がって扉に向かった輝太は担任に手を振って出て行った。

