Devil†Story

「……そうだな。コソコソと俺が寝てる間に隠蔽してんならな」


「…隠蔽?何のことだ?」


「お前が蜘蛛の巣を片してる時に騒いだのを稀琉に黙ってろって言ったんじゃねえの?猫かなんかが来て腑抜けたんだろ。どうせ俺に不機嫌になられるとそれ買ってもらえねえからとか思ってよ」


少し首を曲げて眉間に皺を寄せたクロムはイライラしているように見えた。ロスは僅かに目を細める。


(うわー……そう来たか。俺と稀琉が騒いだんじゃなくて、俺が姫とじゃれてて起こしたと思ってのか。それを稀琉に黙ってろと言ったと。稀琉は何て言ったかなー…。少しでもズレてるとめっちゃ言ってくるだろうな。あー、めんどくせぇな……。つーかすげぇ機嫌悪くねえ?こりゃなんかあったな…)


イライラしているクロムを見たロスは溜め息をついてから、目を瞑って片手をヒラヒラさせた。


「……そうだな。お前の言う通り俺はこれが欲しかったよ。だから今日中に絶対とりたかったんだ。だけど目の前でとったらお前騒ぐだろ。かと言ってお前が出掛けた後に片したら、それを見るまでは買ってくれないと思ってな。俺もボケじーさんの相手しなきゃなんなかったし。だから絶対に先に済ませておこうと思ってたんだ。それだけじゃなくてあそこは届くけど、面倒だから飛んでとるつもりだったからさ。朝の内にとっておきたかったんだよ。騒いだつもりはねぇけど、お前の寝床は窓側だからな。うるさくしてたなら謝るよ」


「そうかよ。…で?そこから、なんで稀琉と会うことになったんだよ」


「そこまで疑うかね。まぁいいけどさ。蜘蛛の巣をとり終わって窓際に戻ったら、下に稀琉が居たんだよ。なーんか悩んでそうな顔しててさ。俺も“おやつ“食いたくなったから、ちょっかいかける為に下に降りて声を掛けたんだ」


「……おやつ?」


「そっ。前に話したろ?悪魔は生き物の“負“の感情もエサだって。俺も悪魔なんでね。色々、思い悩んでたみたいだったから少しいただいたんだ。その礼にすこーしアドバイスしただけだよ」


ペロリと唇を舐めたロスは再び微笑していた。ロスが言っていることは嘘ではない。悪魔にとって生き物の負の感情は食事の一環だ。基本的には命を奪う行為が食事と同等であるが、感情などのエレルギーはそこまでの効力はない。おやつと言い例えたのはその為だ。人間で言う嗜好品と変わらない。そのことはクロムも知っている。事実、稀琉が悩んでいた際に急に不安感が和らいだ瞬間があった。それは、ロスがその感情を食べていたからだ。「ごちそうさま」と稀琉に言ったのは表情の事ではなくその事を示唆していた。


「………」


「この回答で満足か?」


華麗に嘘を交えつつも、半分以上本当の事を口にしていた。ロスにとって人間を騙すのは簡単な事だ。さも本当の事の様にそう伝えた。その様子からこれ以上、何かを聞いてものらりくらりとかわされるのは目に見えていた。溜め息をついたクロムは動き出した。


「……あっそ。馴れ合った訳でもなく、俺の睡眠の邪魔してないなら結構だ」


得意げに笑っているロスから目を離したクロムはシャワールームへ向かう。眉間に皺が寄ったままになっていた。横目でそれを見たロスは口角を上げる。


「……元気だったか?」


「あ?」


「輝太。…元気だったぁ?」


「………」


歩みを止めたクロムは再び睨むようにロスを見た。ロスはニヤニヤと笑っている。どうやら気分よくしていたのに、水をさされたことが気に食わなかったようだ。腕を組んだクロムは目を瞑ってから答える。


「…そうだな。変わらず傷だらけで笑うくらい余裕があるらしい」


「ふーん?痛々しいなぁ、それは。…可哀想だな?」


「………馬鹿なだけだろ」


「本当にそう思ってんのか〜?平和ボケしているクロムくん。やっぱ可哀想とか思ってんじゃねえの〜?つーかご機嫌な俺とは違って随分ご機嫌斜めじゃん。なんかあったー?」


「……なんもねぇよ。ただ…どいつもこいつもヘラヘラしやがって、鬱陶しいと思ってるだけだ」


ーーバァン!


最後のロスの言葉が気に入らなかったのか、話しながらシャワールームのドアノブに手をかけたクロムは、吐き捨てるようにそう返すと思い切り扉を閉めた。うるさそうに片目を瞑ったロスは溜め息をついた。


「……なんだよ。本当機嫌悪ぃ〜……。この俺に八つ当たりするとは、無礼な奴め。どれどれ。情報収集にでも行ってみるか」


猫の置物を机の上に置いたロスは立ち上がる。コートを羽織り、扉を開けて外へ出ていった。


ーー「………」


シャワーを浴びているクロムは変わらず眉間に皺を寄せていた。


「……ハッ。ガキかよ」


先程の行動を思い出したクロムは独り言を呟いた。普段と変わらずに過ごしているかのように見えているが、他者と関わる事は彼にとってストレスになっているようだ。ロスの笑顔を見た瞬間、不覚にもそれに対して疑問を覚えなかったうえに稀琉のお陰で助かったと思ってしまった。その事が気に入らなかったのだ。八つ当たりするかのように、ロスに突っかかっていった自分の行動にもイライラしていた。


…昨日の今日でこれかよ。マジで…麻痺してきてるな。何、素直に稀琉に礼を言ってんだが。…あの様子だと…あいつ稀琉んとこに行って、今日のこと聞いてくんだろうな。俺が突っかかったのが悪いが……めんどくせぇ。俺もなんで突っかかったんだか。あのまま上機嫌にさせとけば何もなかったのにな。あー…クソ。俺にとってこの環境は…毒だ。腑抜けにも程がある。


「……あがるか」



普段の入浴時間よりも早めに終わらせる。理由は簡単だ。情報収集したロスの質問責めに遭うのが面倒だからだ。


いずれされるが…今は頭を冷やすべきだ。さっきみたいな失態は避けたい。体の汚れが落ち切ったか気にはなるが…もう一度入れば問題ない。


蛇口を捻り、お湯を止めたクロムは足早に着替え等を済ませ、部屋に戻る。案の定、そこにはロスは居なかった。


「……チッ。やっぱ行きやがったか」


予想通りのロスの行動に舌打ちをしつつ、再度コートを羽織った。そのまま外へ出てある場所に向かった。