Devil†Story

「んん!?」


(シーっ!ちょっと静かにしてて)


小声で指示をしたロスは指先で上を指差した。頭を上げると、クロムが窓を全開に開け、身を乗り出していた。よくは見えないが、表情はかなり険しいように見えた。ロスの手を指先で叩いて、大丈夫とハンドサインを出す。口に人差し指を当てたロスに頷くと、塞がれていた手がゆっくり離された。


(あれ?クロム?寝てなかったっけ?どうしたの?)
(いやー…。やっぱさっき少し起きちまったんだな。それで、外から俺等のでけえ声が聞こえてきたから、睡眠妨害されたと思って探してんだと思う。…すげぇ、おっかない顔してるから間違いない)


「やっちゃった」と頭を掻くロスを見てから、再度上を見る。ロスの言った通りキョロキョロと辺りを見渡している。


「………」


先程ロスが取っていた蜘蛛の巣があった場所を見る。それを見たクロムの殺気が、下にいる2人にも伝わってきた。


(ヤベー…。蜘蛛の巣がなくなってる事に気付いたな。俺が睡眠妨害したって疑ってる)
(凄い気迫……。でも、蜘蛛の巣をとってあげたんだよね?)
(そうだけど、今のあいつにとっては、それよりも睡眠妨害された事の方が先行してるからな)
(寝るの好きだもんね…。ここなら見えないから大丈夫じゃない?)
(どうだろうなー…。このまま見逃してくれたらいいんだけど)


「…………」


下の方を見たクロムは一度室内に戻る。それを見た稀琉が「ほら!大丈夫だよ」と言う為に口を開いた瞬間だった。


ーーヒュン


「!?」


稀琉の真横に勢いよく何が降ってきた。目で追うと、そこには支給されている小型ナイフが刺さっていた。


(!!!)
(あちゃー…やっぱな)


もう少しズレていたら、自身の体に突き刺さっていたであろう。ナイフを見た稀琉の顔が青ざめていた。その時、頭上から低い声が聞こえてきた。


「……外したか……。そこに居るのは分かってんだよ………。さっさと出てこい……クソ野郎…」


ーーゾッ


まるで仕事中かの様な殺気に身震いする。思わず口を押さえながら、ロスを見ると変わらず「テヘッ」と言いたげな、余裕のある表情を浮かべてる。


(え!?本気で当てる気なの?)
(そうだな〜。半殺しのつもりでやってるな)
(ロスが邪魔したと思ってるなら、オレが出てみる?)
(いや〜、やめた方がいいぞ。今のあいつの思考能力は皆無だ。なんなら動く物、全てが敵に見えてるくらい。いくら稀琉でもただで済まないよ)
(そんなに!?なんで茂みに居るってバレたんだろ?)
(言ったろ?動いてる物が敵に見えてるって。さっきここに隠れた時に、茂みが動いた音を聞いたんだと思う)
(そもそもクロム怪我してるのに本気でやってくる事ある?)
(全然ある。寝起きはリミッター外れてるんだよ。痛みを感じないどころか…あれで半分寝てるからな)
(えー!?あれで半分寝てるの?!)
(寝てる、寝てる。だからある意味タチ悪いんだよ。ナイフとか使うのは右手だから、怪我に影響しないとは思うけどね。治りかけだし)


(…そもそも本当は治ってるしな。寝ぼけてるからなー…。俺の気配を人間レベルに消してるし、大丈夫だとは思うけど。俺の事をクソ悪魔とか言ったり、左手で投げたり、稀琉の前で変な事すんなよ〜。クロム)
と密かに思いながら適当に答える。


(それにしたって…。それにどうしよう?)
(んー…。あっ、稀琉さ?猫の鳴き真似出来る?)
(え?)
(猫の鳴き真似。前やってたろ?)
(前?……あ。もしかして、前に三毛猫を見てた時の事を言ってる?)
(そうそう!)


指を差して稀琉の顔を見る。以前、カフェ前に三毛猫では珍しい雄猫が遊びにきてきた時があった。その時に稀琉が話しかけながら、猫の鳴き真似をしていたのだった。それを思い出した稀琉だったが、首を左右に振る。

(えー!無理だよ!似てないもん!)
(そこをなんとか!大丈夫!稀琉の声は俺より高いから、今のクロム相手ならバレないって!)
(出来ないよー!ロスがやってよ!)
(それこそ無理無理!あいつに猫と触れ合ってるとこ見られててさー…。俺が鳴き真似してるところ聞かれてんだよー)
(そもそもさっと走ればロスなら逃げ切れるんじゃない?クロム寝ぼけてるんでしょ?)
(逃げ切れるけど、それは無理なんだよ〜…。さっきも言ったけど、今日はあいつに恩を売っとかないといけないからさ。だから頼むよ、稀琉〜。この通り!)

両手を合わせて頭を下げるロスに困惑する。
そんな事、言われても……。そもそも、それを見られてたのも恥ずかしいのに、ここに猫が居ない状態で、出来ないよ…!
どう断ろうと悩んでいた時だった。


ーーガサガサッ


「「!」」


「……!」


ロス側の茂みがガサガサと音を立てて、何かが近寄ってきた。ロスや稀琉だけではなく、クロムもそっちの方を向いていた。それはガサリとロスの足の上に乗ってきた。

(ひ…姫…!)
(え?姫?)


そこに居たのは毛並みの良い白い猫であった。

(あー、コットンちゃんの事ね。よくカフェの前にいる子だよね?姫って呼んでるの?)
(そうそう!俺にとっては姫だからな〜。なー?姫ー?)

返事をする様に、スリッとロスの足に頭を擦り付ける。それを見たロスはへにゃっと力が抜けた様な笑みを浮かべた…が。すぐに焦ったような表情に変わる。


(そうだった!姫!俺に触れてくれるのは嬉しけど…!今は駄目!)


慌てて抱き抱えようとしたロスの手を華麗に避け、稀琉の肩の上に乗った。姫やコットンと呼ばれたその猫が動くたびにガサガサと音が鳴る。

(これってもしかして…)


恐る恐る稀琉が上を向くと、半分目を瞑った状態にも関わらず、恐ろしい表情を浮かべたクロムがこちらを向いていた。目こそ合っていないが、確実にこの辺りに狙いを定めた様子だった。


「そこか……。動きやがって…間抜けが………。今……出てくんなら…半殺しで済ませてやる……。さっさと出てこいよ…クソ野郎が………」


動いている茂みを見たクロムは、近くに置いていたナイフを手に取った。確実にそこに何かが居ることが分かったからか、殺気が増している。


(ちょっとまずいよ!コットンちゃん!動かないでね!)


そう言って今度は稀琉が手を伸ばすと、素直に抱き抱えられた。呑気に喉を鳴らしている。


(えー!ずりぃーーじゃない!頼む稀琉!このままだと俺の姫が死ぬ!!!)


どうやらあまり触らせて貰えていないらしい。一瞬、簡単に抱き抱えた稀琉を羨ましがったロスが懇願する。


(えー!でも…!)
(頼むって!!俺と稀琉はいいけど!綺麗な姫に傷がつく!!)
(オレだってやだよ!コットンちゃん!鳴いてよ!)


腕の中で丸くなっている猫は首を傾げ、青空の様な綺麗な瞳を向けているだけだった。

(姫はあんま鳴かないんだよ!姫だから!だから稀琉に頼んでるんだよ!みーくんとは話してただろ!?)
(確かにコットンちゃんは鳴かないけど…。みーくんって三毛猫くんの事?あの子はよく鳴く子だから反応してただけだよ!)
(本当頼むって!!じゃねぇと…!)


「……出てこねぇならいい…。脳天に穴を開けてやる……」


痺れを切らしたクロムは、右手でナイフを3本掴んで振り上げた。確実に1本はこの中の誰かに当たってしまうのは明確であった。


(わー!!頼む、稀琉!!姫が!!姫が死ぬ!!)
(でも…!)


「……死ねよ、クソ野郎が」


勢いよく下にナイフを振り下げる動きをする。


(に゛ゃー!逃げて姫ー!!)
(うー…!)



クロムが腕を振り下げ始めるのと同時に、覚悟を決めた稀琉が意を決して口をひらいた。


「ニャーン!」


「………」


ピタリとクロムの動きが止まった。しかし、表情は変わらずにじっと茂みを見ている。ドキドキと心音が鳴る音が聞こえる。


「ミャーン」


「!」


腕の中で声がして顔を向けると、白い猫が稀琉の方を見て優雅に鳴いた。ロスは鳴いた事に感動してるのか、呑気に口を手で押さえて悶絶している。まるで返事をするかの様なその反応に、一呼吸置いてから稀琉はまた口を開いた。


「ウニャー」
「ニャッ」
「ニャー」
「ミャー」


まるで会話をしている様に鳴く2人。ロスはその猫の可愛い姿に、変わらず静かに悶絶している。稀琉は羞恥心で顔が真っ赤になりながら、それを続けていた。


「………チッ。猫か……。あいつの声だと思ったんだがな……」


ナイフを下ろしたクロムは大変機嫌が悪そうに呟くと、再度辺りを見渡す。しかし、それ以外に動くものはなかったからか不満そうにしつつ窓を閉めた。


「「………」」


殺気は消え、再び穏やかな時間が流れ始める。呆然としていた2人だったが、茂みから出る。