Devil†Story

「え!?」


突然の事で驚く稀琉を尻目に、くるりと回転してから地面に着地する。窓も静かに閉まっていた。


「どうだー?にゃんぱらりんしてやったぞ〜」


ドヤ顔で稀琉の側に来たロスは、フフンと得意気であった。麗弥も2階から飛び降りてクロムを捕まえたり、稀琉も屋根から降りる事が多々あった。しかし、猫のように一回転する余裕はない。それをやってのけたロスに羨望の眼差しを向けつつ、注意する。


「ビックリした…。凄かったけど危ないよ!」


「平気平気〜。俺の身体能力を舐めてもらったら困るよ〜」


ケラケラと笑うその様子に、本当に平気なのを悟る。
確かに綺麗に着地してたんだけど…朝から心臓に悪いよ…。
いまだにドキドキと鳴り響く鼓動を抑えるように深呼吸をした。


「なんで急に飛び降りたの?」


「あー、寝てるクロムが眉間に皺寄せたからさ〜。あのまま、あそこにいたら、多分起きちまってただろうから。それで寝起きの超絶機嫌の悪いクロムにぶん殴られるから、バレないように降りたんだよ」


「あいつの寝床窓際だし、寝起きは全然加減出来ないからさ〜」と呆れたように返した。


「確かに前に談話室で、ロスの事を叩いた時は加減してなかったもんね」


「そうなんだよ。力が強い訳じゃねえのに、なんか痛えんだよなー」


「オレもこの間、ゲンコツされたけど凄く痛かったよ」


「すぐ殴るよな、あいつ〜。今度言っとくから〜」


そう話すロスは呆れたように笑っていたが、何を考えているか、分からない瞳がそこにはあった。


(…クロムもだけど、ロスも分からない事が多いんだよな…)


出会った時から2人は一緒にいた。初めは兄弟か何かだと思っていたが、それは違うと言われていた。あれだけ人との接触を拒むクロムが、同室で過ごしている時点で、2人の間にはそれなりの関係が築かれているのは分かる。こうやってフランクに話してくれるので、クロムよりは話す機会が多い。とは言え、ロスと2人きりで話す事は殆どない。いつも飄々とし、掴みどころがないロスはある意味クロムよりも分からない事が多かった。


「おーい?どうした〜?」


「!」


ぼんやりしていたのだろう。ロスが目の前で手を振っていた。


「ごめん。ぼーっとしてたよ」


「ふーん?」


目を細めるロス。その目に見られるとドキッとしてしまうのは以前からだ。何かを探られているような…優しい表情をしているのにも関わらず、何処か不安になるようなこの感覚に、いまだに慣れなかった。


「そうだよなー。こうやって俺と2人で話すの珍しいもんな」


「!」


ハッとしてロスの顔を見ると、変わらず目を細めて笑っていた。
…やっぱり心を読まれてるみたいで驚いちゃうな。


「稀琉は顔に出やすいからな〜」


「!!」


思わず驚愕の表情を浮かべるとクスクスとロスは笑っていた。
え、え?オレ今…口に出してた?ロスってもしかしてエスパー…?


「大丈夫。口に出してないよ」


「ーー!?え!なんで全部分かるの!?怖いよ!」


思考全てを読まれ、大きな声を出す。対してロスは微笑んでいる。


「アハハ。言ったろ?稀琉は顔に出やすいから分かりやすいんだよ。気をつけろよ〜?」


慌てている稀琉の様子を何処か楽しそうに見ている。
…そんなに分かりやすいのかな?ここまで読まれちゃうとなんだか緊張しちゃう…。そういえばクロムにも同じ事言われたなー…。


「同じ事を誰かに言われた?」


「!!?う…またバレてる…。実はこの間クロムにも言われたんだよね」


「クロムに?…ふーん、そっかー。稀琉は嘘つけないタイプだもんな」


「そうなんだよね。平然を装うとして余計に…」


「癖ってなかなか治んないからなー。でも、あんま心配しなくていいと思うよ〜?俺とクロムが特殊なだけだから」


クスクスと笑うロスは、相変わらず楽しそうにしていた。


「そうかなぁ?あまりにも読まれ過ぎて不安になっちゃうよー…」


「そうだなぁ…。それならまずそれをやめねぇとな?」


そう言うとロスは頭を指差した。


「あ」


無意識に帽子を深くかぶろうとしていた自分にハッとする。


「うー…またやっちゃった…」


「また?」


「そう。この間、クロムに帽子の事を言われてたんだー。それから気を付けてるんだけど、なかなか直らなくて…。つい目を隠したくなっちゃうんだよね…」


「なるほどなー。なんで目を隠したくなるんだ?」


「え?うーん…。なんというか…上手く言えないんだけど、目が動いちゃうんだよね。動揺しちゃうと」


「そっかー。動揺した時だけ?」


「後は…知ってる人に、隠し事する時かな?やっぱり嘘つくのって抵抗あって…」


「ふんふん…にゃるほど、にゃるほど。そこまで分かってんなら、大丈夫じゃん」


「え?」


ロスの方を見ると、いつの間にかフードを被っていた。


「その状況になったら…敢えて見るようにすると、いいんじゃないか?帽子には触らないで…それだけでも違うと俺は思うけど…」


「!」


フードの縁に指でつまんで深く被り、横を向いている。目は合わず、視線が泳いでいた。その仕草を見ると、嘘かどうかは判断し切れないが、少なくとも自信がなさそうに見えた。稀琉が驚いているのに気付いたロスは、口角を上げると、今度は背筋を伸ばして真っ直ぐ稀琉を見ていた。


「そういう状況になったら、敢えて人の目を見るようにする。帽子には触らずにな。それだけで違うと思うぞ〜」


「!!」


全く同じ事を言われているのにも関わらず、その言葉の信憑性は大きく変わっていた。普段のロスと同じように話す、その言葉には説得力があった。


「…な?これだけでも、全然違うだろ?中々、普段は自分を客観的に見れないからな。要は堂々とする!すぐには無理かもしれねえけど、やってみたらいいよ」


「………」


息を飲んでロスの顔を見つめる。変わらずに、ニッと少し尖っている犬歯を見せて笑っていた。唖然としていたが、ハッと気付いてから稀琉も笑顔を作った。


「……分かった。意識してみるよ」


「おー。あんまり気張らずにな〜」


「うん。すぐに出来るか不安だけど…。ありがとう!やっぱりロスは面倒見いいね」


ロスが降りてきてから、5分くらいしか会話をしていない。その僅かな時間で、稀琉の癖を見抜いて、尚且つ実演を交えてアドバイスをしてくれたロスに、素直にそう思った。しかし、同時に不安感もあった。たった5分会話しただけで、そこまで見抜かれている事に。


「そうかー?そんな大した事、したつもりねえけどな〜」


「そんな事ないよ。…オレが分かりやす過ぎるのかもしれないけど……」


「………」


帽子には触れていなかったが、目を伏せた稀琉をロスは目を細めて見た後に、口角を上げた。


「…そうだなぁ。さっきも言っただろ〜?あんま気負わずにな?」


そう言って稀琉の肩に手を置いた。


ーースッ


「…?」


不意に心に渦巻いていた不安感が軽減される。


(あれ?なんか…不安が軽くなった?)


思わずロスを見ると、目を細めて笑っていた。ペロリと舌舐めずりをして、満足そうな表情を浮かべている。


「まあ?強いて言うなら、稀琉の面白い顔を見させてもらったお礼かな〜?」


「え!?」


「フフッ。ごちそうさまって言っとくよ」


「何それ?どういうこと?」


「アハハッ!さっきの顔、手に取るように思考が分かって面白かったってとこかな!」


「えー!?やめてよ!恥ずかしいよ!」


「ダハハハ!」


「もー!笑わないでよ!」


大きな声で笑うロスに、同じように大きな声で言い返す。朝の静かな中庭に似つかわしくない、賑やかな時が流れていた。……ーーが。


ーーシャッ


「ーー!ヤベッ!」


「えーーむぐっ」


突然上を見たロスが小さく呟くと、稀琉の口を塞いでから、近くの茂みに身を隠した。それと同時に、頭上から勢いよく窓が開かれる音がした。