Devil†Story

次の日。


(あー……今日もかよ…)


ロスは机に肘をつきながら溜め息をついていた。


「それでのう…ワシが若かった時はそれはそれはハンサムでのう…」


「それさっきも聞いたって〜。モテモテでほっとく女がいなかったんだろ〜?」


目の前でゆっくりと話す老人は先程から同じ話を繰り返しロスにしていた。この老人は刹那の取引先の社長の父親であった。取引先とは要はお得意さんだ。その社長が海外にも飛び回る程忙しいので、定期的に様子を見て欲しいという依頼があり、それで来ていたのだ。普段は稀琉が話し相手になっている様だが、今はクロムの看病と称して任務に入れなくなっていたので、代わりにロスがそれを担っていた。
一応麗弥にも任せられる仕事なのだが、麗弥は麗弥で養護施設で行われる劇の役を頼まれていた。天秤にかけた結果こっちに行く事になったのだ。


「そうだったかのう?それでのう…その中でも…」


「それも聞いたって〜。言い寄る女はたくさん居たけど、全部断って1人の女を愛したんだろ〜?水蓮みたいに美しくて慎ましい女だったって。それがこのばーさんだって」


目の前に飾られている写真の女性を指差しながらロスは呆れたように手を上げた。ロスがこの老人の相手をしたのは今日が初めてではない。少し前にも話し相手になってと言われて、話をしていた。その時も同じ様にその女性の事を繰り返し聞かされていたのだ。


「おお!よく知っておるのう。そうなんじゃよう。それでのう…」


きっとこの先も同じ話をされると悟ったロスは再び溜め息をついた。


なんでこの俺がこんなジジイの相手を何度もしなきゃなんねえんだよ。ジジイの相手は魔王だけで充分だっての…。あーあ、疲れる…。大体このじーさん、いくつだっけか?90歳超えてるんだっけ?まだまだガキじゃねえかよ。人間からすりゃじーさんなんだろうけど、俺からしたら生まれたてだっつうの。人間は老いるのがはえーんだよ。


「そういえば…あの帽子の子はどうしたのかのう?」


老人の質問が聞こえて、ガクッと頭を下げ深い溜め息をつく。この質問も何度もされているからだ。


「だーかーらー!稀琉は今忙しいんだって〜。それで代わりに俺が来てんの〜」


「そうかの?いつもあの子が来てたから不思議でのう」


「じーさんも俺より稀琉の方がいいんだろうけど我慢してくれよ。……俺も我慢してんだからよ」


後半部分は流石に小さな声で呟いた。刹那に「いい?くれぐれも無礼がないようにね?クロムよりもロスはそこの所信用してるけど、絶対に無礼がないようにね?」と念押しされていたからだ。


「ーー?何か言ったかのう?すまんのう。耳が遠くての」


「別にー?それよりじーさんお茶飲めよ〜。ずっと話してると水分不足になるぞ〜」


そう言って机の上にあるお茶を老人の目の前に差し出した。


「おぉ〜ありがとうのぅ」


仏の様な顔で笑う老人は、湯呑みを受け取ると飲み始めた。


「ゆっくり飲めよ〜。気管に入ったら死ぬぞ〜」


ロスからすれば生まれたてとは言え、人間で言えば高齢だ。万が一の事があれば大変なので、呆れながらも老人が飲んでいる間、ずっと目を離さなかった。


「今日はいい天気じゃのう」


「そうだな〜」


老人は目の前の庭園を眺める。資産家である老人の自宅の庭園はそれは立派なものであった。春の暖かな日差しが降り注いでいる。


(……春とはいえ日差しが強くなってきたなー…。気持ち悪いからフード被っとこ)


フードを被ると老人は不思議そうな顔をしてロスを見た。


「おや?お前さん…前来た時も被っておったが、日差しが苦手なのか?」


「変なとこだけ覚えてんだな。そーだよ。俺は日焼けしたくねえの〜」


「知っておるぞ〜。今時の若者は男女関係なく日焼けせんようにしてるんじゃろ?ワシ等の時はなかったがのう」


「そーそー。じーさんには暖かくて丁度いいんだろうけど」


「そうじゃのう…。この日差しが降り注ぐ庭園を見るのが好きでのう」


「確かにキレーだな」


「そうじゃろう、そうじゃろう」


ニコニコと笑う老人を横目にロスは庭園を眺めた。鳥のさえずりが聞こえる。庭園内にある池の、ちょろちょろと流れている水音がなんとも心地良い。春の陽気に共に和やかな空気に包まれていた。


(おー…本当に綺麗だなーー)


そう思った瞬間、我に返った。
…いやいや。何和んでんだよ俺。クロムに平和ボケがうんぬんって言っといて…これじゃ俺も人の事言えねえじゃんかよ。こんな姿を見られたら100倍にして嫌味言ってくるぞ、あいつ。…ん?つーか俺も何、素直に刹那の言う事聞いてんだ?…あークソ。俺も線引きが曖昧になってるなー…。ヤキが回ってきてんのか?
…いや。大体あいつが弛んでたせいでこうなったんだ。線引きをしてなかったって認めただけいいが…この間からあいつ弛み過ぎだろ。

昨日のクロムの姿を思い出す。それだけではなくここ最近のクロムの姿も一緒に思い出された。稀琉や輝太に振り回され、それになんだかんだ付き合っているクロムの姿を。
…確かに怪我してる振りしなきゃなんないから、あんま下手な事出来ねぇのは仕方ないけどさ?それにしたって、目的忘れてんじゃねぇのかって疑る位には、呆けてやがるからなー…。

(まぁー…尻叩いてやったから少しは戻るだろうけど)


「聞いておるかの?」


「!」


突然の問い掛けに現実世界に戻ってくる。
あ…いけね。全く聞いてなかった。ったく…本当、なんで俺がこんな事しないといけねぇんだか…。

「ごめん、ごめん。あまりにもキレーで見惚れちゃってたよ。で?なんだって?」


慌てて笑顔を貼り付けたロスは老人の方を向いた。


「ほっほ。それは嬉しい事じゃのう。時にお前さん…恋はした事あるのか?」


「え?恋ぃ?」


「また突然だな〜」と思いながら老人の顔を見る。老人は庭園の水蓮を見ていた。その水蓮に今は亡き写真の女性を思い描いているのだろう。水蓮を見ている老人の目は慈愛に満ち溢れていた。