Devil†Story

「あー…やっぱか。そうじゃねぇかと思ってたんだよな。あいつからは…負の匂いがしてたからな。…だからだろ?お前が気にかけてたのは」


「あん時は言う気なさそうだったから聞かなかったけどな」と体を伸ばした。あの時と言うのは輝太と初めて会った時の事であった。入り口まで送ったり、手を繋がれても何も言わなかったり、お菓子をあげたり等…ロスなりに色々考えた結果、そうではないかと仮定していたのであった。


「……気にかけてた訳じゃねぇよ。前に言った通りだっての」


「じゃあなんで稀琉に記録送ってやったんだよ。後、文献だっけ?それで気にかけてないってのは無理があるんじゃねぇの?」


「…稀琉から聞いたのか」


「そっ。…同情でもしてんのか?」


「…してねぇよ」


「本当にそうか?じゃあ言い方変えようか?……まるで昔の自分を見ているようで見てられねぇから、何かあった時用に稀琉にぶん投げとこうとか思ってんじゃねぇの?」


「……」


先程まで自問自答していた事を突かれ、流石にスラスラと言葉が出なくなった。部屋の中に沈黙が流れる。記録作成をしてしまった自分に疑問を覚えていたのは事実だ。そしてそれを稀琉に送った事も。言葉通り“勉強“と言うのならそこまでする必要はないのだから。
…同情とかクソみてえな事考えてたのか?俺は。そしてそれを稀琉に送る事で保険をかけとこうとか無意識に思ってたってのか。…そんなの1番いらねぇ事だと分かってるのに?
少し考えた後にクロムは口を開いた。


「……何度もうるせぇな。そんな訳ねえだろ」


「どうだか。…輝太と自分を重ねてんのは事実だろ?」


「……」


ロスの言葉に眉間にシワを寄せる。
クロムは幼少期、ある施設で過ごしていた。そこは決して良い環境ではなく、寧ろクロムにとって劣悪な環境であった。クロムは昔から太れない体質で、幼い頃から細身であった。加えてその容姿を不気味がられ、同じく過ごしていた児童だけではなく職員にも日常的に暴力を振るわれていた。稀琉が公園で聞いたような言葉も言われ続けていた。

ーー目が赤いなんて気持ち悪い
ーー何を考えているか分からない
ーー人間じゃないんだから何してもいいんだ
ーーこっちに来るな。化け物
ーー男のくせに綺麗な顔してて気持ち悪いんだよ
ーーなんで生きてんだよ

その様な暴言を日常的に言われ、抵抗することも出来ずにただ暴力を受け続けるだけの日々を送っていた。だから輝太の状態はすぐに理解できた。…同情が全くなかったといえば嘘になる。初めに会った時やその後の輝太の姿に幼い自分の影があった事は事実だった。


「……今日は小言を言わねぇ代わりに突っかかってくるんだな」


「まぁなー。…そんな辛気くせぇ顔してりゃ茶化したくもなるさ」


「……いい趣味してんな」


「悪魔なもんで。で?実際どうなんだよ」


「……そうだな。全く気にかけてなかったのかと言われれば、お前が言う通り多少は無意識にやってたかもしれねぇな。だが…それだけだ。これ以上突っ込むつもりはねぇよ」


「……無意識ねぇ」


「正直…俺にもなんであんな事をしたのかよく分からん。…ここ最近馴れ合い過ぎて、平和ボケしてんのかもな」


「……ふーん。平和ボケね…。この際だから聞くがお前まさか“目的“忘れてたりしてねぇよな?今のこの生活が心地良いとか…思ってたりよ。……もう少し堕としてやんなきゃダメだったか?」


「!」


ロスの声が少し低くなった。怒っている訳ではないが、最近のクロムの行動を見て思うところがあったのだろう。怪訝そうな顔をして聞いていた。キィィンと左胸の血印が鈍く光出す。
……本当いちいちうるせぇ野郎だ。…そんなの聞かなくとも分かってんだろ。


ベッドから体を起こしロスの方を見る。ロスは左手の甲を指差しながら見せてから首をすくめた。睨むようにロスを見たままベッドから降りるとロスの目の前まで向かう。


「……んな訳ねぇだろうが。…言ったよな?あの日の事を忘れた事なんてねぇって。…目的を果たす為にそれ以外は必要ないってよ。馴れ合いに慣れてきて線引きをしてなかったのは認めるが、今のままでも俺は充分覚悟出来てんだよ。……あんまなめんな」


2人の目が合う。ロスはジッとクロムの目を見ていた。時間にして数秒だったが、ピリピリとした空気が部屋を包み込んだ。やがてロスは目を瞑って「…そー。ならいいんだけどよ」と左手の契約印を消した。


「だが最近弛んできてんぞ。今は血印を抑えてやってるだけなのを忘れんなよ」


「…分かってる」


ロスの言葉にそう返した後、ベットの方へ戻った。ふと窓の外を見ると窓の端に蜘蛛の巣が張られており、そこに蝶が引っかかっている。

…クソ。昨日までなかったのにこんなデケェ巣を作りやがって。気持ち悪い。…今の内にロスに言っとくか。
そう思い口を開こうとしたが、巣に引っかかっている蝶を見て止まる。

捕まっているのは、蛾ではなく綺麗な模様の蝶であった。蜘蛛の巣から逃れようと羽をばたつかせている。そこにゆっくりと蜘蛛が近付いていた。普段のクロムならその光景を見た時点で目を逸らしていただろう。しかし、今日はそのままその光景を眺めていた。

「………」

段々と近付いていた蜘蛛は蝶の側まで辿り着き、その体を糸で巻き始めた。必死に抵抗している蝶を嘲笑うかのようにその体に糸が巻かれていく。美しい羽も無惨に折られ、グルグルと巻かれ続けている。その光景を見て無意識にクロムは言葉を呟いた。


「……俺も……早く………」


「んー?なんか言ったか?」


ロスの言葉に現実に戻る。戻ってくると虫の気持ち悪さが勝ち「…あそこにデケェ蜘蛛の巣張ってるから明日なんとかしてくれ」と頼んだ。


「えー!?明日も疲れんのに!?あんな高いとこのとんなきゃなんねぇの!?やなんだけど!室内じゃねぇんだから我慢しろよ!」


嫌そうに手を振って取る気がない事をアピールしてくる。
…仕方ない。背に腹は変えられねぇからな。
コートのポケットに入れていた携帯の電源を入れて、素早く機内モードに切り替えた。それを確認し、口を開く。

「…猫饅頭」


「え?」


「明日から発売らしいんだが、それでどうだ。もしお前が文句言わずにとってくれるってんなら、明日帰りに買ってきてやるよ」


携帯でスクショしていた写真を見せる。ロスは一瞬身構えていたが、電波が飛んでいない事に気付き、画面を覗き込んだ。6つに分かれたプラスチックのケースそれぞれに、猫の形をした饅頭が入っている。1匹1匹形も違い、色も白、緑、ピンク、黒、黄色、グレーで味も違うものだった。また、1つ買うとその饅頭と同じ形の置物がおまけでついてくるらしい。
本来クロムはそういったものを調べたりしないのだが、これも稀琉が「ロスって猫好きだったよね?これとか好きなんじゃないかな?」と教えてくれたものだった。
じっと携帯を見ていたロスだったが、キリッとクロムの方を向いて頷いた。


「…よし。それで手を打とう。任せとけ!綺麗にとってやるからよ!」


「蜘蛛の巣を張られなくなるスプレーも丸々1本ぶっかけておいてやるよ!」と、さっきまでの緊迫した空気は何処へやら。ロスは猫饅頭で蜘蛛の巣を取ることを了承した。