Devil†Story

「これ……」

前を見ると既に少し先まで歩いているクロム。その背中を走って追いかけて声を掛ける。


「クロム!これって…」


「……俺は記録すんのが嫌いじゃないんでな。暇だったし、少し書いてただけだ」


「もしかして…今日ずっと携帯弄ってたのって……」


輝太に機会を与えた後からクロムは殆ど携帯を操作していた。確かにずっと文字を打っていたのは分かっていた。普段クロムはロスが居る事もあり、携帯を触る事はない。携帯を触る姿を見る事は殆どなかったので不思議には思っていた。その間にクロムは今までの事を思い出し、事細かに記録していたのだと稀琉は気付いた。


「さあな。だが、記録はとっておかねえと意味をなさねえからな。人の記憶なんて曖昧なもんだ。段々と事実に主観が入って変わっていく。刹那が報告書をすぐに出せって言うのもそう言うことだ。…文献も適当に見繕っただけだから後は自分で探せ」


前を向いたままぶっきらぼうに言うクロムだったが、暇つぶしの割に丁寧に記録されており、驚いたことにおおよその時間帯までも記載されていた。


「時間まで…約1週間分全て覚えてたの?」


「そんなの別に大したことねえよ。俺等がここに来んのは大体14時45分位だろ。で、輝太が帰るのは17時って決まってんだから。そん時の外の明るさとか覚えてりゃ予想できんだろ」


「クロム……」


「勘違いすんなよ。あくまでただの記録だ。勉強とでも思っとけ。お前は平和ボケしてるからな」


稀琉は再度携帯に目を落とす。適当に見繕ったというURLについても分かりやすいものばかりであった。その中に気になるものがあった。


「このURL…けん玉の?」


「…昔、それ見てやってたからな。今後はそれ見てやっとけよ。教えんの面倒なんだよ」


「………」


(やっぱり……オレにはクロムが優しくないなんて思えない。確かに初めは目が暗いから…少し雰囲気が怖いなとは思ってたけど…。クロムは1つ1つ丁寧に対応してくれるところあるもん……。そういえば…最初は話もしてくれなかったんだっけ)


全身黒のコートに身を纏い、先へ進むクロムの後ろ姿を見て稀琉は初めてクロムとロスに会った時の事を思い出していた。
初めて会った時のクロムは、それはもう印象が最悪であった。挨拶しに行った2人に対し、睨みつけて「…お前等と馴れ合うつもりはない。話しかけてくんな」とその場から去っていったのが最初だった。
その後も基本的に睨みつけられ、声を掛けても無視をする、その場を立ち去る…何か話す事と言えば「黙れ」「来んな」「ウザイ」「俺に関わるな」と…どんなに明るく声を掛けても大体その言葉しか返して貰えなかった。ロスに関しては会話をしてくれていたが、クロムは1年以上そんな状態であった。合同任務についてもようやく最近するようになったが、それまでは仕事ですら関わる事がなかった。それでも稀琉と麗弥はめげずに声を掛け続けていた。
そんなクロムとの関係が少し変わったのは、初めて会った時から1年半経った、ある事件がきっかけだった。それ以降、段々とクロムのトゲトゲしさがなくなり、今のように会話が出来るようになっていた。そうして接していく内にクロムが持っているの事細かに物事を捉え、判断する丁寧さに気づく事が出来た。稀琉が優しいと思うのはこの部分であった。

(きっと…このけん玉のURLも、クロムの療養が終わればここに来ることはなくなるし、けん玉をする事もなくなるから送ってくれたんだよね。…先を見据えて)


輝太の事は正直なんとかしてあげたい。しかし、それには大きなリスクがあるのは先程のクロムとの会話から理解していた。


ーーほんまかどうか分からへんけどな
ーーそれなら…なんとかしてあげたほうがいいんじゃないの?
ーーうーん……確信もあらへんし…何より俺等じゃ役不足だろうから。せやからとにっかく時間会う時はぎょうさん遊んでやる事に決めてるんや。


以前に麗弥とした会話を思い出す。あの時は深く考えていなかったが、あの麗弥の言葉には“自分が出来ることをする“という意味が込められていた。


ーーお前にはお前の出来る事をすればいいんじゃねえの。…今まで通り接するとかな。


そこにクロムの言葉も加わる。理想は虐待されている輝太を助けることが1番いいのだろう。しかし、それは自分達じゃなくて、教師や近所の人…大人達の役割なのだ。そもそも…自分たちはその虐待をしている大人達よりももっと悪い事をしている。金さえ積めば人を殺す事を生業としているのだから。そんな自分でも…出来る事をしていこう。例え1人でも…味方になってくれる人がいるって輝太に知ってもらう為にも…。


携帯を閉じた稀琉はまた先に行ってしまったクロムの後ろ姿を走って追いかけた。そして、その背中に飛びつく。


「ーー!おい!いきなりなんだよ!」


「えへへ。ありがとうね、クロム!」


「あ?何言ってんだ?いいから離れろ!気色悪い!」


「オレ…今まで通り輝太とたくさん思い出作るよ!クロムも手伝ってね!」


「ハア?んなのてめえで勝手にやってろよ。つーか離れろっての!鬱陶しい!」


その後、頭を殴られてようやく離れた稀琉だったが、いつものように明るくなっていた。そんな稀琉の様子を見てクロムは溜め息をついていた。