Devil†Story

「そう……。オレ…そんなに嘘が下手なんだね…」


「顔に出し過ぎなんだよ、お前は。目ぇ見られるとバレるからって帽子を被り直す癖をどうにかしろよ。俺みたいなのが相手だったら一発でバレんぞ。今後の任務でも支障が出るしな」


「…分かってて…今まで言わなかったのはなんで?」


「わざわざ掘り返す必要ねえと思ったからな。俺の療養が終われば、お前は知らんが少なくとも俺は輝太と関わる事はなくなる。いちいち言う事じゃねえだろ」


「そっか……。それでも…毎回オレに丁寧に距離感の事を怒ってたのって……その距離感を直すように遠回しに輝太に伝える為?」


「……さあな。だが、あいつの人との距離感は異常なのは間違えねえな。俺とロスが初めて会った時も、助けたとはいえ俺の髪や手に触れてたし、ロスに至っては腰の辺りに抱きついてた。…全て俺とロスに出会って30分以内の出来事だ。ましてや相手がお前みたいに優しそうじゃねえ俺等にな」


クロムとロスの容姿は、どうしても距離を置かれる事が多い。その理由は2人の紅い目が怖いと感じるからだ。ましてや2人が輝太を助けた時は、話し合い等の一般的なものではなく、暴力的であったのは言うまでもない。普通の子どもであれば逃げ出すほどの出来事を、目の当たりにしていたのにも関わらずに輝太は臆する事もなく接していた。


「でも…それは……人懐っこいだけなんじゃ…」


「…人懐っこい?そんな綺麗なもんじゃねえよ。あいつのアレは。もっとドス黒いもんだ」


「ドス黒いって……」


「身体接触だけじゃねえ。あまりにも危機管理能力が無さすぎる。前に言ったろ。どう見ても助けてくれねぇ男に麗弥を助けて欲しいって縋ってたって。あのゴミはタトゥーも入ってたし、どう見てもまともな大人じゃなかった。…助けて欲しくて必死だったと言えば聞こえがいいがそうじゃねえ。あいつには大人がそう見えてんだろ。…その時点であいつの周りに居るの大人がまともじゃねえって事だ」


もう少しで作業が完了する携帯から、目を離さずに終わらせる事に徹底する。


「確かに輝太は…危なっかしいところあるけど……」


「その危なっかしいが異常だと言ってんだよ。怪我にも鈍感過ぎる。慣れてるってのが妥当だろうな。さっきの怪我だってそうだ。地面に足をつけると痛え傷で遊びになんて来ねえだろ。まともなガキならな。…あいつは俺等に依存してんだ。ここに来ることで安心しようとしているんだろ。それに…あいつロスが頭を撫でようと手を上げた時に反射的に頭を守ろうとしてたし、俺が手を上げた時も体が避けるように反応してたからな」


「お前も身に覚えあるんじゃねえのか」と作業を終えた携帯を閉じてポケットにしまった。


「ッ……。オレも…何となくは分かってたよ。……でも。輝太……お母さんの話を嬉しそうにしてたよ…。お母さんの事…大好きだって……言ってたよ……。それ……なのに…そんな目にあってるなんて…信じたくなかったんだ……」


「……」


ギュッと腕を握って目を伏せる稀琉。きっとその噂を聞いた時から、心の底では思っていたのであろう。しかしそれを認める事は輝太への冒涜になるのではないかと色々と考えていたのだ。母親が大好きな輝太の…その信念を。

他人の事なのにここまで気にかけるなんて……稀琉らしいな。

稀琉のその優しさは一般的に見れば綺麗で尊重されるべき事だろう。しかし…事実は残酷だ。俺は再び溜め息をついた。


「…どんなにあいつがそう思ってても…事実は変わらねえだろ。……もし仮に、あいつが"転んでなかった"とする。昨日はなかった傷があんのはなんでだ?…教師から電話がいっている、宿題を終わらせてから行けと言われた、家で治療してきた、早く帰れと言われた、怒られた。…それだけでも"誰"がやったかは想像出来んだろ」


「そんな……。なんで…あんないい子にそんな事が出来るの…」


「……お前がどう育ってきたのかは知らねえが、そんな奴この世界には溢れかえってるぞ。見えてねえだけだ。お前には理解出来んかもしれんがな」


「……なんとか…出来ないのかな…」


「……やめとけ。俺等には関係ねえ事だ」


「でも…!」


「……お前何か勘違いしてんじゃねえのか?俺等は慈善者じゃねえぞ。寧ろ逆だろ。…あいつがお前に助けを求めてんならまだしも…下手に首突っ込んでどうすんだ?その後は?お前が首を突っ込めば俺等の事も調査されるぞ。そこで俺等がしている事を知られたら?責任取れんのか?」


稀琉の顔を見ながらクロムはポケットに手を入れた。仮に2人が大人であれば、上手く対応出来るかもしれない。しかし2人は未成年だ。未成年が平日の真昼間から小学生と関わっている事だけでも怪しまれるだろう。それに必ず保護者の存在を問われる。2人の年齢的に義務教育は終え、カフェで働いているのは問題がないとはいえ、刹那が全て面倒を見ているとなると公的に手続きをしていない時点で調査の手が入るだろう。刹那はそうなってもいいように常に上手く立ち回ってはいるが、何か1つでも疑うものが出てきてしまったら芋蔓式にカフェの実態を晒す羽目になる。そうなった時にどうなるかは想像に容易かった。


「それは………」


「…その事を分かってるから麗弥も手を出してねえんだろ。その時の感情で動くんじゃなくて、もっと先を見据えて行動しろよ。…おら。いつまでこんな寒いとこいんだよ。さっさと戻るぞ」


段々と気温が下がり、子どもの声が聞こえなくなった公園内。辺りも薄暗くなってきていた。落ち込んでる稀琉の横を通り過ぎクロムは歩き出した。


「……うん」


小さく返事をした稀琉も後に続く。先程とは違う静かさが包む、公園内を2人は歩いていく。稀琉は下を見て歩いていたが、ふと前を向く。黒いコートを身にまといフードを被って歩くクロムの後ろ姿からして、話しかけ辛さが滲み出ていた。1番初めにクロムと一緒に公園に来た時に、周りに居た人がヒソヒソとしていた事を思い出す。


ーあの子…なんだってあんな格好してるのかしらー
ーあんな怪我してて普通な訳ないじゃないー
ーそれにあの目…いやね。カラコンってやつなのか知らないけど…赤なんて趣味が悪いわ。全身真っ黒だし…不気味な子よねー
ーシッ!聞こえたら何されるか分かったもんじゃないわよ!ー


ヒソヒソ声というのは意外に耳に届きやすい。思わず稀琉がチラリと話していた女性達を見ると、ばつが悪そうな顔をして去って行った。すぐ側にクロムも居たので恐らく聞こえていたと思うが、クロムは見向きもせずに歩いていた。


(…慣れてるのかな、クロム。確か…前に目立つのが嫌いだって言ってたけど……こう言う事なのかな)


そのクロムに輝太は臆せずに話しかけ、ずっとくっついているのは確かに異常なのかもしれない。


(オレは…そんな風に思った事ないけど……。確かにクロムは怒ると怖いけど…なんだかんだ付き合ってくれるし、優しいところもあるもん…。輝太も…きっとそれが分かっててクロムにくっついてたんじゃないのかな…)


そうこう考えている内に公園の入り口まで戻ってきていた。前を歩くクロムがふと歩みを止める。


「ーー?どうかした?」


「……そういや携帯の電源を消すの忘れててな」


唐突にそう呟くとポケットから携帯を出し、何かを手早く操作していた。その後、電源ボタンを長押しし再度携帯をポケットにしまった。


「そう言えば…ロスが嫌がるんだっけ?」


「あいつ最近特にうるせえからな。いちいち小言言われてたら休むもんも休めん」


「色々やってくれてるもんね」 


「仕事なんだから黙ってやれっての」


「あはは…。………」


「……」


クロムが後ろを振り返ると稀琉は下を向いていた。


「…稀琉」


「何?」


「……別に知るのはいいと思うぞ。無知でいるよりもな」


「?何のこと?」


「それと…お前にはお前の出来る事をすればいいんじゃねえの。…今まで通り接するとかな」


「え?」


「後は自分で考えてやれ」


よく分からない事を一方的に言ったクロムは再び歩き出した。何のことを言っているのか分からずに聞こうとした稀琉の携帯が鳴った。


「あっと…メールかな」


ジャケットのポケットから取り出し、携帯を開いた稀琉は中身を確認する。


「!」


来ていたメールを見て目を大きくさせる。送り主はクロムで、内容は初めて輝太と公園で遊んだ時からの様子や怪我の内容が記録化されていたものだった。簡潔ではあるが事細かに書かれいる記録は読みやすかった。それだけではなく、下の方にURLがついており、それを開くと「虐待の種類」や「事例集」、「障がいについて」などの文献が見れるURLだった。