「クロム……」
完全に輝太が見えなくなってから、携帯を操作している俺に稀琉が話し掛けてきた。
「なんだ」
携帯から目を離さずに返事だけをする。概ね聞きたい事は分かってる。
「輝太の怪我…いつ気付いたの?」
「…さっき言っただろ。いつも走ってくんのに来なかった、歩き方も左足をつけないようにびっこ引いてた、俺のところに飛びついてこなかったってな」
案の定、輝太の怪我の事かと思いながら変わらず操作をし続ける。
「そっか…。……あの怪我どう思う?」
「…さぁな。転んだって言ってたろ」
きっと稀琉が求めている言葉ではない返答をする。…あいつがそう決めたなら俺は掘り返すつもりはない。
俺がそう言うと稀琉は少し目を伏せ「やっぱりそうなのかな……」と呟く。
「あ?何が?」
俺が聞くと稀琉は重い口を開いた。
「輝太さ……。虐待されてるかもしれないんだって………」
「………」
携帯を操作していた手が一瞬止まる。横目で稀琉を見ると俯いていた。帽子のつばで影になっているので表情は分からない。稀琉はそのまま話を続けた。
「前に…麗弥が言ってたんだけど……。輝太は母親と前の父親の連れ子らしくて、今の父親は暴力的な人なんだって……。DVとか…虐待とか……平気でする…人みたい」
「……母親は何してんだ」
「オレも…詳しくは分からないけど…。どうやら鬱状態なんじゃないかって…少し前に近所の人が話してたのが聞こえたんだ…。…その時は本当かどうか分からなかったけど……」
「…なるほどな」
稀琉の言葉で輝太の学力についての疑問が解消され、俺は納得した。
「何が…なるほどなの?」
「お前には言ってなかったが、輝太の学力の低さは異常だと思っててな。普通気付かねえもんかと思ったが、鬱だって聞いて合点がいったからな。そりゃそんな状態ならそんな余裕ねえわな」
「そう…だったの?確かに……勉強は苦手そうだったけど……。でも………」
見てはいないが、声色で稀琉がどんな表情をしているかは想像に容易かった。信じられないのだろう。確かに輝太は一見は明るく元気な普通の小学生だ。それでも"その"片鱗は、あちこちに散らばっていた。
俺は溜め息をついてから、稀琉が蓋をしている部分を突いた。
「……お前、本当に気づいてなかったのか?」
「え…?」
「あいつと接してて…本当に気付かなかったのかって聞いてんだよ」
息を飲む声が聞こえる。思い当たる節はあったのだろう。
「……その言い方だと…クロムは気付いてたの?…オレがこの話する前から」
質問を質問で返してきた稀琉に溜め息が出る。
…自分の口から言うのがきついからと逃げやがったな。ったく…俺は掘り返すつもりはねえってのにこいつは…。
携帯を操作したまま俺は稀琉の問いに答える。
「濁したな。…まあいい、答えてやる。……初めに会った時からだ」
「え?初めから…?」
驚いた様な表情でクロムを見た稀琉。クロムは表情1つ変えずに携帯を操作している。公園内は変わらずに、楽しげに過ごす人達で溢れていた。風に乗って子ども達の楽しそうに遊ぶ声がやけに大きく聞こえてくる中、クロムは言葉を続ける。
「まず見た目である程度分かるだろ。オーバーサイズのほぼ同じ服、痩せ細った体、切られてねえ爪、汚れた体、生傷の絶えねえ体。…いくら平和ボケしてるお前でも見た目の事は気付いてたんじゃねえの?だから……潔癖症の俺の目を引こうと、お前も俺に過度にくっついてたんだろ」
「!!」
クロムの言葉に稀琉はバッと顔を上げる。横目で見ていたクロムの目と合うと慌てたように目を逸らし、帽子を深く被り直した。口元は唇を噛み締めていた。
「…そんな…事ないよ……。オレも…クロムとくっついたかっただけ」
「…嘘ついてんな。お前は嘘が下手なんだよ。お前の茶番にこの俺が乗ってやったんだ。嘘なんてくだらねえ事、言ってんじゃねえよ。…まあお前は抱きつき魔だから1/3は本当にそう思ってんだろうがな」
再び稀琉を横目で見ると更に強く唇を噛み締めていた。色が変わるほど強く噛み締めた後、口を開いた。
「……いつから気付いてたの。オレが…わざとくっついてたって」
「少し前からだな。お前は確かにウザイけど…あそこまでしつこくして来た事ねえだろ。俺が潔癖症と知ってからは手も洗うようにしているみたいだしな。そんなお前が俺が身体接触を嫌うのを知ってて、あそこまでしつこくやってる時点でお察しだろうが」
寒くなってきたのかフードを被ったクロムは、自身が思っていた事をはっきりと伝えた。
少し前に稀琉と輝太がクロムを取り合い、帰りに説教をしていた時。クロムは稀琉に質問していた。「何故、今日はいつもはしない事をしつこくしてきたのか」
と。その際に、稀琉は慌てて目を逸らして帽子を深く被り直しながら「…だってもっとクロムと仲良くなりたいし、こういう時じゃないと出来ないんだもん〜」と目を見せないように答えていた。
確かに稀琉はかなり人懐っこく、自分が心を許している相手にはくっつく事が多い。仲良くしたい事も、こういう特殊な状況じゃなければ、クロムとこんなに一緒に居られないからというのも事実だろう。子どもっぽさもあるのも本人の特性である。だが、稀琉はその時に衝動的にやってしまったとしても、相手が嫌がることを“しつこく“する事は今までなかった。
あの時はクロムもイライラに任せてあの時は怒鳴りつけており、深くは考えていなかったが、その後も懲りずに何度も同じ行動をしていた稀琉に段々と疑問を持っていたのだった。そこからよく観察して、稀琉の行動パターンを見てみると、決まってしつこく身体接触をする時は輝太が“過度“にクロムにくっついている時である事に気付いた。そこで初めて輝太に手を握られた時に「見ててヒヤヒヤしたぞ」とロスに言われた事を思い出して全てを察していた。一緒に公園に向かう時や、帰りにそういった行動は一切見られなかったのだから尚の事だ。
完全に輝太が見えなくなってから、携帯を操作している俺に稀琉が話し掛けてきた。
「なんだ」
携帯から目を離さずに返事だけをする。概ね聞きたい事は分かってる。
「輝太の怪我…いつ気付いたの?」
「…さっき言っただろ。いつも走ってくんのに来なかった、歩き方も左足をつけないようにびっこ引いてた、俺のところに飛びついてこなかったってな」
案の定、輝太の怪我の事かと思いながら変わらず操作をし続ける。
「そっか…。……あの怪我どう思う?」
「…さぁな。転んだって言ってたろ」
きっと稀琉が求めている言葉ではない返答をする。…あいつがそう決めたなら俺は掘り返すつもりはない。
俺がそう言うと稀琉は少し目を伏せ「やっぱりそうなのかな……」と呟く。
「あ?何が?」
俺が聞くと稀琉は重い口を開いた。
「輝太さ……。虐待されてるかもしれないんだって………」
「………」
携帯を操作していた手が一瞬止まる。横目で稀琉を見ると俯いていた。帽子のつばで影になっているので表情は分からない。稀琉はそのまま話を続けた。
「前に…麗弥が言ってたんだけど……。輝太は母親と前の父親の連れ子らしくて、今の父親は暴力的な人なんだって……。DVとか…虐待とか……平気でする…人みたい」
「……母親は何してんだ」
「オレも…詳しくは分からないけど…。どうやら鬱状態なんじゃないかって…少し前に近所の人が話してたのが聞こえたんだ…。…その時は本当かどうか分からなかったけど……」
「…なるほどな」
稀琉の言葉で輝太の学力についての疑問が解消され、俺は納得した。
「何が…なるほどなの?」
「お前には言ってなかったが、輝太の学力の低さは異常だと思っててな。普通気付かねえもんかと思ったが、鬱だって聞いて合点がいったからな。そりゃそんな状態ならそんな余裕ねえわな」
「そう…だったの?確かに……勉強は苦手そうだったけど……。でも………」
見てはいないが、声色で稀琉がどんな表情をしているかは想像に容易かった。信じられないのだろう。確かに輝太は一見は明るく元気な普通の小学生だ。それでも"その"片鱗は、あちこちに散らばっていた。
俺は溜め息をついてから、稀琉が蓋をしている部分を突いた。
「……お前、本当に気づいてなかったのか?」
「え…?」
「あいつと接してて…本当に気付かなかったのかって聞いてんだよ」
息を飲む声が聞こえる。思い当たる節はあったのだろう。
「……その言い方だと…クロムは気付いてたの?…オレがこの話する前から」
質問を質問で返してきた稀琉に溜め息が出る。
…自分の口から言うのがきついからと逃げやがったな。ったく…俺は掘り返すつもりはねえってのにこいつは…。
携帯を操作したまま俺は稀琉の問いに答える。
「濁したな。…まあいい、答えてやる。……初めに会った時からだ」
「え?初めから…?」
驚いた様な表情でクロムを見た稀琉。クロムは表情1つ変えずに携帯を操作している。公園内は変わらずに、楽しげに過ごす人達で溢れていた。風に乗って子ども達の楽しそうに遊ぶ声がやけに大きく聞こえてくる中、クロムは言葉を続ける。
「まず見た目である程度分かるだろ。オーバーサイズのほぼ同じ服、痩せ細った体、切られてねえ爪、汚れた体、生傷の絶えねえ体。…いくら平和ボケしてるお前でも見た目の事は気付いてたんじゃねえの?だから……潔癖症の俺の目を引こうと、お前も俺に過度にくっついてたんだろ」
「!!」
クロムの言葉に稀琉はバッと顔を上げる。横目で見ていたクロムの目と合うと慌てたように目を逸らし、帽子を深く被り直した。口元は唇を噛み締めていた。
「…そんな…事ないよ……。オレも…クロムとくっついたかっただけ」
「…嘘ついてんな。お前は嘘が下手なんだよ。お前の茶番にこの俺が乗ってやったんだ。嘘なんてくだらねえ事、言ってんじゃねえよ。…まあお前は抱きつき魔だから1/3は本当にそう思ってんだろうがな」
再び稀琉を横目で見ると更に強く唇を噛み締めていた。色が変わるほど強く噛み締めた後、口を開いた。
「……いつから気付いてたの。オレが…わざとくっついてたって」
「少し前からだな。お前は確かにウザイけど…あそこまでしつこくして来た事ねえだろ。俺が潔癖症と知ってからは手も洗うようにしているみたいだしな。そんなお前が俺が身体接触を嫌うのを知ってて、あそこまでしつこくやってる時点でお察しだろうが」
寒くなってきたのかフードを被ったクロムは、自身が思っていた事をはっきりと伝えた。
少し前に稀琉と輝太がクロムを取り合い、帰りに説教をしていた時。クロムは稀琉に質問していた。「何故、今日はいつもはしない事をしつこくしてきたのか」
と。その際に、稀琉は慌てて目を逸らして帽子を深く被り直しながら「…だってもっとクロムと仲良くなりたいし、こういう時じゃないと出来ないんだもん〜」と目を見せないように答えていた。
確かに稀琉はかなり人懐っこく、自分が心を許している相手にはくっつく事が多い。仲良くしたい事も、こういう特殊な状況じゃなければ、クロムとこんなに一緒に居られないからというのも事実だろう。子どもっぽさもあるのも本人の特性である。だが、稀琉はその時に衝動的にやってしまったとしても、相手が嫌がることを“しつこく“する事は今までなかった。
あの時はクロムもイライラに任せてあの時は怒鳴りつけており、深くは考えていなかったが、その後も懲りずに何度も同じ行動をしていた稀琉に段々と疑問を持っていたのだった。そこからよく観察して、稀琉の行動パターンを見てみると、決まってしつこく身体接触をする時は輝太が“過度“にクロムにくっついている時である事に気付いた。そこで初めて輝太に手を握られた時に「見ててヒヤヒヤしたぞ」とロスに言われた事を思い出して全てを察していた。一緒に公園に向かう時や、帰りにそういった行動は一切見られなかったのだから尚の事だ。

