Devil†Story

「疲れた……」


自室に戻った俺は左腕を固定していた忌々しい包帯を取ってベッドに横になった。
…一体何時間あんなクソみたいな所で過ごしたんだ?確か…稀琉が部屋に居た俺を引き摺って行きやがったのは…14時30分頃だっけか。そこから公園までは15分位だから……少なくとも2時間以上あんな所に居させられたのか。しかも輝太が勝手に約束していきやがったから明日もその位居なきゃなんねえんだろ…クソ。面倒だな……。


「おいコラ。なぁーにが疲れただ。俺の方が疲れてるっての」


椅子に座っていたロスが忌々しそうに俺の方を見て溜め息をついた。普段は出さない羽を広げて伸ばしている。
…文字通り“羽を伸ばす”だな。


「お前はいいだろ、いつも通りなんだからよ。こっちは人混みに連れられてガキのお守りさせられてんだよ」


「いつも通りじゃねえんだよ。そりゃ俺だって殺しだけなら文句言ってねえよ。寧ろ大歓迎だけどな?それだけじゃなくて他の仕事も俺と麗弥に振り分けられてんだよ。しかも意味わかんねえ事もさせられて大変なんだっつうの。俺と麗弥の仕事量半端ねえんだからな」


バサバサと翼を羽ばたかせ文句を言われる。羽を動かした際に発生した風圧が俺の方まで来ている。扇風機位の風が顔に当たって鬱陶しい。
…やめろ。羽をばたつかせんな。さみいし、埃が舞うだろうが。


「羽を動かすな。埃が舞うだろうが。てめぇ掃除しろよ」


「お前がヘマしたせいで疲れてる俺に掃除させんのか?鬼かお前」


「俺だってまさか待ち構えられてるとは思ってなかったんだよ。野良猫捕まえるみたいな扱いしやがってあいつら…」


「逃げ切れよ。何捕まってんだ」


「うるせえな…流石に俺だってあの怪我でいつもみたいに動けるかっての」


「確かに大怪我だったけどさー…。だから無理しないで俺が帰ってくるまで待ってりゃ良かったのに」


「無理なんかしてねえよ。あのクソ眼鏡…次会ったら絶対殺してやる」


ロスにかけて貰っている術を見るとまだまだ傷は痛々しく見え、ようやく瘡蓋になって来ているところだった。腹と足の傷は幸いにも見られなかったのでそのままにしている。そこは既に塞がっていて赤い線が薄く残っているだけだった。


「相手は純血の吸血鬼だったんだろー?初戦が純血の吸血鬼でよく相打ちまで持って行ったもんだ」


「その相打ちってのが気に食わねぇー……つーかやめろっての」


いまだに羽をばたつかせているロスを睨みつける。その風のせいで鼻が冷たくなってきていた。


「ハイハイ、すみませんね」


ようやく羽を動かすのをやめたロスは不満そうに羽を小さくした。コスプレなどで服についている、大きさになった羽を見て疑問が浮かんだ。


「……そういやお前の羽って大きさ変わるよな。さっきのサイズなのをよく見るがそれが本当の大きさなのか?」


「いやー?悪魔だけじゃねえけど羽は力の象徴だからな。俺のはもっとデケェけど、こんな狭いとこで出すと邪魔だからな。さっき位の大きさが1番扱いやすいだけだ」


今まで詮索するような真似をしなかったので、羽が力の象徴である事は初めて聞いた情報だった。
…こいつの殺気に蜘蛛女も眼鏡もビビってたからな。何より対峙すればこいつが普通の悪魔じゃないのは分かる。特にキレた時なんかは、いまだに構える位の殺気を感じる位だ。もっとデカいっていうなら…やはり上位の悪魔なのだろう。クローにも言われたが、先日のように急にキレる事や俺を弄ぶ事は容易い事だろう。一線を引くと言った意味でも覚えておいて損はねえな。
頭の片隅に羽の情報を入れた俺は適当に返事をする。


「なるほどな」


「そんな事聞くなんて珍しいじゃん」


「別に…動かしてえならその大きさにしてろって思っただけだ」


「ふーん……」


僅かに目を細めたロスが俺を見ている。
…こいつが目を細めている時は大体真意をはかっている時だ。悪魔であるこいつは、人間のそういった裏の部分を読み取る事に長けている。本来は人間を陥れる存在だ。心音や息遣い、表情、動き、言葉のトーン…その全てが判断材料になる。だが俺は別に動揺している訳ではない。仮に聞かれても適当に答えられる自信がある。数年一緒に入ればなんて言えばこいつが納得するか位は分かるようになってきた。それに…例え本当の事を言ったところで別にこいつは気にしないだろうが。
出来ればそれはこいつがどうしても納得出来なかった時の最終手段にとっておきたい。これもクローにも言われが…最近、慣れてきたせいか一線を引く事が疎かになってきている。前にも言った通りこいつは“ビジネスパートナー”だ。仲間とか、信頼しているとかそういう事ではない。稀琉や輝太にも話したが、他者との距離感は常に一定でなければならない。深く入り込み過ぎれば…足元を掬われる事に繋がる。俺はそういう隙は誰にも見せない。
俺は溜め息をついてから横目でロスの目を見て答えた。

「…なんか探ってんだろうが、別に裏なんてねぇぞ。さっきの風で鼻が冷たくなってんだよ。埃も舞ったし。小さく出来んならそのサイズで動かせ」


嘘ではない。指先で鼻に触れるとかなり冷たくなっている。…クソ。鼻が冷たいと寝つきが悪くなんだよな…。それに鼻の中に違和感がある。多少かもしれないが埃もたってやがるな。
上半身を起こしてベット横の窓際に置いてあるティッシュを手にとって鼻をかむ。特に何か出てきた訳ではないが、鼻の中に入ったであろう埃を出す為だ。
そのままゴミ箱にティッシュを捨てて寝転びながら腕で鼻を温める。その間、ロスは変わらず目を細めて俺を観察していたが目を逸らして前を向いた。


「……そー。まあそういう事にしといてやるよ。…それよりさ」


そう言って立ち上がり俺が寝転んでいるベッドに近付いて来た。含みがある言い方をしているが、それ以上詮索しないであろうと思っていた。しかしベッド横まで来ると何故かベットに腰を下ろした。
…なんだよ。ちけぇな。いつもは来ねぇだろうが。そんなに表に出したつもりはねぇよ。
スッと俺の耳元に顔を近付ける。…だからちけぇっての。気持ち悪ぃな…。こちとら稀琉や輝太にひっつかれて疲れてるってのにこいつまで近づいてくんじゃねぇよ。なんだ、今日はそう言う日なのか?だったら気持ち悪い日だ。
距離感について文句を言おうと口を開こうとした時だった。


「……お前。俺に言ってない事なんて…ねぇよな?…特にこの間、その吸血鬼と戦っていた時の事で」


「!」

文句を言おうとした口を閉じ、思わずロスの方を向いた。