ーー数日前。ヤナ戦後。


カフェの前に戻って来たが大怪我だった為、どうしてもいつもと同じ様に歩く事が出来ず外がだいぶ明るくなってきてしまった。……起きてねぇよな。あいつら。右手でコートに入れていた携帯を見るとボロボロになっていたが、時刻を確認出来た。……4:44か…微妙なラインだな……。しかもゾロ目か……嫌な予感がする。


嫌な予感がした俺は体の傷を確認する。肋骨骨折にほぼ全身にある切り傷に刺し傷……これは見られたら面倒だ。特に腹部の傷は明らかに致命傷に見られる。


……一応やっとくか。


全身で再生されつつある回復力を腹部に集中させる。とりあえず中は流石にバレねぇだろうが刺し傷があるのはまずい。本当なら全身の怪我の表面が塞がってから戻ればいいんだが流石に貧血気味で疲労感も強い。その辺で気を失ってたらそれこそ面倒な事になる。腹部に回復力を集中させた為、肩から再び出血し地面にポタリと滴り落ちた。……そういえばもう見ても何も感じねぇな。


先程の状態を思い出す。これが目に入る度に高揚感があったが…今はそれを見ても何も感じなかった。…まあ、あんな状態になったのは初めてだしな。いつも通りに戻っただけか。腹部の怪我を確認すると表面上は塞がった。…こんなもんか。あんま肩から出血してると後で見られたら騒がれる。後は…裏口から入るか。


「おっと……忘れてた」


俺は首にあったあいつの噛み跡を手で触って確認した。…ここはそこまで見られる事ねぇだろうが噛まれたとか言ったら怪しまれるしな。触ってみるとかさぶたの様になっていた。どうせ見つかったとしたら肩の傷しか見ねぇだろうしいいか。


そこまで思ってから俺はふと冷静になった。……待て。噛まれたって事は…あの眼鏡の…よだれついてるよな。しかも毒って…あいつの体液……。


急に寒気がしてきて外にあった水場で首を洗った。水は冷たくフードが濡れ、コートに染み付いていた血が流れていくが関係ない。


クソ…あいつ蚊かよ。マジ無理なんだが。気持ち悪ぃな…!


全身の汚れにも鳥肌を立てながらクロムは肩周辺を乱暴に洗い流していた。水の冷たさと汚れに更に鳥肌を立てながら裏口に回る。様子を伺うがそこには誰の姿も見えなかった。


…よし。流石にいねぇな。裏口なら自室にすぐ戻れる。刹那へはとりあえずシャワー浴びて着替えてから報告すれば問題ねぇだろ。裏口の扉に手をかけて開けた瞬間であった。


「おかえり!!」


「!」


扉の先には稀琉が椅子に座って待っていた。稀琉の姿を確認したクロムは瞬時に扉を閉めて逃走を図ろうとするが、その扉を手で押さえそれを阻止してきた。


「こら!逃げないで!やっぱりこっちから入ってきたね!」


「麗弥!?クロム帰ってきたよ!逃げようとしてるから来てー!」と携帯を繋いでいたのか叫んでいた。


「チッ…なんで居座ってんだよ!寝てろよ!鬱陶しい!」


「当たり前でしょ!麗弥から聞いたけどあの人凄く強い狩人だったんだから!心配するよ!逃げるって事は怪我してるんでしょ!?見せて!」


「断る…!怪我人だと思ってんなら力比べさせんじゃねぇよ…!」



扉を開け閉めの攻防が繰り広げられてるがただでさえクロムはヘロヘロの状態だ。段々と負けてくる。


クッソ!面倒くせぇな!このまま走って逃げるか…。
クロムは逃げようと取手を離し、そのまま走り出した。


「あ!?コラー!!逃げないで!戻ってきてー!」


急に扉からの抵抗力がなくなり飛び出る様に外に出てきた稀琉は止まる様に叫んだ。


「うるせぇ!さっさと諦めろ!」


クソが…こんな状態で負担かけさせてくんなよ!なんとか走っているがそもそも怪我で体が言う事を聞かない状態だ。さっさと撒いて姿を眩ませようとした時だった。


「見つけたで!」


「!?」


ーーガシッ


その声と共に2階から誰かが降りてきて後ろから羽交締めにされる。振り返るとそこには頭に包帯を巻いた麗弥が居た。


「捕まえたでクロム!やっぱ逃げ出したな!せやけど堪忍せぇ!逃げようたってそうはいかへんで!」


「てめぇ化け物か!なんでそんな元気なんだよクソが…!離せ馬鹿眼帯!いてぇだろうが!」


あちこち包帯を巻かれてはいるが監禁され、拷問されてたとは思えない程の身のこなしに悪態をつく。また知らないとは言え脇から肩に手を回している為、痛みが生じた。クソ!傷見られる前にこの馬鹿を振り解かねぇと面倒だ…!必死に抵抗するものの麗弥は腕力が強い。元々万全な状態でも力では勝てない程の差があった。


「暴れへんの!ほれ見てみぃ!そないに痛いんなんて大怪我に決まってるやろ!ていうかなんでそんな肩濡れてるんーー」


そこで初めて麗弥はクロムの肩の傷が酷い事に気付いた。ーーまずい。そう思ったが後の祭りだった。


「なんやねんこの傷…!大怪我どころやないやんか!」


「麗弥!?クロム捕まえた!?」


悪い事に稀琉も追いついてきた。ゲッ…面倒なのが追いついて来やがった…。つーか捕まえたって何だよ。俺は猫か犬かっての!


「き、稀琉…!これアカン!めっちゃ大怪我や!」


「え!?何その傷…!酷いじゃないか!」


クロムの肩を指差す麗弥。その肩を見た稀琉の顔が青ざめている。あー…面倒くせぇ…!このクソ眼帯離せってのーー。ふと見ると傷を見て狼狽えた麗弥の力が抜けているのに気付いた。そのチャンスを逃さずスッと麗弥の拘束から抜け出して再び逃亡を図る。


「あ!?アカンて!」


「ぎゃーぎゃーうるせぇな!大した事ねぇての!いちいち干渉してくんな!」


走り出したクロムだったが後ろから思い切りタックルを喰らい地面に倒れ込んだ。


「あぁ!?てめぇ稀琉…!ふざけんな!離せ!」


タックルしてきたのは稀琉だった。逃げようとするクロムの両手を押さえつける。


「そうはいかないよ…!怪我人にこんな事するのはオレだって心が痛いけど…クロムがその気ならこっちだって手荒に捕獲させてもらうよ!」


「怪我人だと思うならほっとけよ!大体さっきから捕獲ってなんだ!俺は動物じゃねぇっての!離せ!」


「堪忍せぇクロム!俺より酷い目に遭っといてほっとかれるわけないやんか!今すぐ刹那んとこで治療や!」


「クソが…!」


流石に怪我が怪我だった為、抵抗虚しくそのまま刹那のいる談話室に両手を掴まれて連れて行かれた。「触んな!」と言うも「駄目!離したら逃げるでしょ!手なら消毒したし、洗ってるから大丈夫!」「アカン!クロム逃げるやろ!俺かて手も洗ったし消毒もしてんやから我慢せぇ!」と同時に言い返された。状況が状況なので、刹那も心配した様な言葉を口にし、治療の準備をはじめた。


(…てめぇ刹那!なんであいつら起きてんだよ!上手く言っとけよ!)


準備をしている刹那に小声で文句を言う。


(ごめん…でも2人とも言う事聞かなかったんだから仕方ないでしょ)
(せめて連絡よこせよ…!)
(したよ!メール!見てなかったのはクロムだろ)
(ハァ!?来てねぇよ!)


ポケットから携帯を出して見るがやはり何も来ていない。そのボロボロになった携帯を見た刹那は「そんな壊れちゃってたら来るわけないだろ」と呆れた様に呟いた。


「何2人でコソコソしてるの?」


「え!?別になんでもないよ」


刹那は笑って誤魔化していたが、そんな刹那をクロムは睨みつけていた。その後はおおよそ予想がつくと思うが………。


稀琉が「安静にしてて!酷い怪我なんだから!」と言って…看病を始めてきた。

確かにこの傷は酷いが俺の体にとっては大したことない。この傷だって…寝て起きたらだいぶ塞がって明日中には消えるだろう。だが、俺の体の事を知らない奴等には言葉通り“大怪我”になってしまう。こうして、こんななんでもない怪我を何日もかけて治す振りをしなければならなくなってしまった。だが傷はいつまでも残っているわけではない。その為、せめてそう“見える”様に傷の様な物を残す必要があった。だから何処か疲れた様な顔で帰ってきたロスに傷が残る様に頼むハメになった。