深呼吸をしたあと、訊かれてもいないのに自分の気持ちを打ち明けた。


エンゲージリングのつもりで、美乃のお気に入りの店であのリングを買ったこと。
だけど、彼女にとってはこれがどういう意味になるのかは俺にはわからない、ということ。
それでも、今日この場で渡したかったこと。


最後まで話し終えた頃には俺の緊張は解け、自然と穏やかに笑っていた。
反して、美乃の父親はどこか険しい表情を浮かべ、しばらく黙っていた。


「あの……」


再び蘇ってきた緊張感が心を包み込んでしまう前に、恐る恐る声を掛ける。


「……いや、すまないね。少し、しんみりしてしまった……。信二はともかく、今日一日で美乃まで嫁に出した気分だよ」


『しんみりした』と言いながらも、彼女の父親は嬉しそうに目を細めている。


「美乃には、可哀相な思いばかりさせてきた。あとどのくらい持つかはわからないけど、あの子が望むことならなんでもしてやりたい。それが結婚でもね……。それが親としてできる、唯一のことだと思うから」


その言葉に込められた意味はきっと俺が考えているよりも重く、だけど美乃への愛で満ち溢れていた。
俺にはわからない、親の愛情。


自分の子どもが自分よりも先に死ぬと宣告されることが、いったいどれだけつらいのか……。
計り知れない悲しみに胸の奥が締めつけられた時、美乃の父親が俺を真っ直ぐ見つめた。


「美乃は君に出会えて、こんなにも愛されて幸せだよ。本当にありがとう」

「俺の方こそ……ありがとうございます……」


胸の奥からグッと熱いものが込み上げ、咄嗟にこらえた。
その一言を言うのが精一杯で、そのまま頭を深く下げて誤魔化す。


「さぁ、あっちへ行こう」


優しく笑う目尻には皺が刻まれ、少しだけ涙が滲んでいる。
俺は瞳に浮かんだ涙を手の甲で拭い、美乃たちのところへ行った。