俺は自分の腕の中にいる、『美乃』と呼ばれた女を見たけれど、そいつはふて腐れているようで答えてくれる気はないらしい。
怪訝な視線から逃れるために、仕方なく経緯を話した。


「そうだったの……。じゃあ、ついでに病室まで運んでくれる? 三〇五だから」


看護師はそう言うと、俺の答えも聞かずに走っていった。


「あなたのせいよ……」


思わずため息を漏らした俺を、女が災難だと言いたげに睨んでくる。
災難なのはこっちだ! と言い返したくなるのをこらえ、エレベーターを待ちながら心の中で不満をぶつけていた。


看護師に言われた通り三〇五号室の前に行き、足を止めた。
ドアの白いネームプレートには、マジックで【久保(くぼ)美乃様】と書かれている。


「ここ?」


念のために確認をしようと尋ねてみたけれど、女は口をへの字に曲げて答えようとしない。
少し悩んだ末にドアを開けると、白を基調とした室内が視界に広がった。


病室だというのに、そこは妙に生活感があった。
整頓されたベッド周りに反し、半分だけ開いていたクローゼットや棚の荷物は、病室にしては多いように思えた。


ふと洗面台に視線を遣ると、たくさんのメイク道具が並んでいた。


病人が化粧なんてするのか……?


とりあえず女をベッドに下ろせば、一応お礼を言われたけれど、俺を見る目は不機嫌なままだった。