病院を出たあと、どうやって家に帰ったのかよく覚えていない。
気付いた時には家にいて、ただぼんやりと壁を見つめていた。


とにかくなにも考える気力がなくて、車を病院に置いたままにしていたこともしばらく忘れていたくらいだった。
しかも、そのことに気付いたのは信二で、信二は美乃の告別式が終わってから俺の車を運転してくれた。


通夜や告別式のことも、ほとんど覚えていない。
彼女の父親の配慮で遺族席に座り、何人かに話し掛けられた気がするけれど……。葬儀の間は耳障りな読経が俺を苛立たせ、目の前にある焼香の匂いが心を蝕んでいた。


複数人のすすり泣くような声はどこか遠くから聞こえてくるようで、なんだか現実味がなかった。
葬儀に参列したのは初めてじゃないけれど、目の前の光景はまるで自分には関係のない物事のようにも思えていたから、もしかしたら脳が上手く理解できていなかったのかもしれない。


俺は、誰に話し掛けられてもずっと上の空で、周囲の人たちはそんな俺のことを心配しているようだった。
最愛の人を失くした俺が一度も泣かないのが、きっと不思議だったんだろう。


俺にも、その理由はわからない。
だけど、泣くのを我慢したり、涙を堪えていたりしたわけじゃない。


ただ、泣けなかった。


悲しくて、つらくて、苦しくて……。心は、確かにずっと虚無感のようなものを抱えているという自覚はある。
もっと言えば、絶望すら感じているはずの状況なのに、不思議と涙は一滴も零れなかった。