「私……全部持って行くからね……」

「なにを?」

「伊織にもらったもの……。ハートのネックレスでしょ。それと、エンゲージリングとマリッジリング」

「え……?」

「あと、ふたりで撮った写真も……。私が全部、天国に持って行くからね……」

「美乃……」

「伊織も知ってるでしょ? 私は寂しがり屋なの。ひとりで死んじゃうのは寂しいから……私がふたり分の思い出を持って行く。伊織にはなにも残してあげない……」


美乃は瞳に溢れる涙を誤魔化すように、必死に笑っていた。
言葉に詰まった俺は、目の前にいる彼女を抱き締め、その存在を確かめるようにそっとキスをした。


残りの時間、ずっと美乃を抱き締めて過ごしていた。
しばらくすると、内田さんが俺に目配せをしていることに気付き、彼女の車椅子を押して内田さんのところに戻った。


「ごめんね……」


悲しそうに謝る内田さんに、俺たちは笑って首を横に振った。


「そういえば、あそこにいる人って知り合いだったりする?」


不意に、内田さんが遠くに視線を遣り、俺はそれを目で追った直後にハッとした。
視線の先にいたのは、親方だったから。


親方は俺を真っ直ぐ見つめ、穏やかに笑っている。
目を見開いて言葉を失っていると、内田さんが口を開いた。


「私たちがここに来た時から、ずっとあなたたちのことを見てたのよ。知り合い?」

「はい……」


親方はきっと、ずっと俺のことを心配してくれていたに違いない。
だから、今日ここで俺たちのことを見掛けて、様子を見ていたんだろう。


親方の優しさに、胸の奥が熱くなった。
俺は親方の目を真っ直ぐ見て、頭を深く下げた。


「すみません、戻りましょう」


内田さんは特に詮索をすることもなく笑い、俺たちは病院に戻った。