「いっちゃん、あのね……」

「ん? どうした?」

「昨日のことなんだけどね……」


美乃は一呼吸置いたあと、俺の目を真っ直ぐ見つめながら続けた。


「仕事を辞めたのは、本当に私のせいじゃないの……?」

「違うって言っただろ?」

「でも……私のことがなかったら、辞めたりしなかったよね?」


不安そうな美乃に微笑みながら否定したけれど、彼女はなかなか納得しない。
俺は悲しくなって、真剣な眼差しで口を開いた。


「怒るぞ? 俺は人のために仕事を辞められるほど、優しくない。これは俺の意思で決めたことだから、仕事を辞めたのは絶対に美乃のせいじゃない。だから、もう気にするな」


すると、美乃が眉を小さく寄せて笑った。


「やっぱりいっちゃんは優しいよ……」

「俺のことを優しいと感じるなら、美乃限定の優しさだな」

「限定……? 私だけなの?」

「ああ。だって俺、まったく優しくないぞ。特に信二とかにはさ」

「ふふっ……。お兄ちゃん、いっちゃんのこと恐いって言ってたもんね」


「あいつ、そんなこと言ってたのか。今度会ったら、なにか奢らせてやる」


彼女は、楽しそうに笑っていた。
まだ顔色は悪いけれど、さっきよりはマシみたいだ。


「なにかしてほしいことはあるか?」

「してほしいこと?」

「うん。食べたい物とかあったら、買ってくるよ」


不思議そうな美乃に笑みを向けると、彼女は首を横に振った。


「いっちゃんが、傍にいてくれるだけでいいの」

「本当にそれだけでいいのか?」


苦笑しながら首を傾げると、美乃はほんの少しだけ考え込むような表情を見せたあと、照れ臭そうに微笑んだ。