山崎さんと共に考え込んでいる暫くの間、沈黙が続いた。


それを破ったのは、山崎さんの小さな一声だった。



『名前、織やったっけ』


「はぁ、そうですけど?」


『……じゃあそれでええな』


「え?」



唐突すぎて彼の言葉の意味が一瞬では理解できない。


でも話の流れを遡って考えてみると、その意味は一つに決まってくる。



『……織』


「いきなりですか、山崎さん……」


『その“山崎さん”っちゅうの、止めてくれんか?堅苦しゅうて嫌やわ』


「え!?」



やっぱり“織”と呼ばれた。

恥ずかしくて赤面する。


山崎さんがさらに力強く抱き締めるから、もっと赤面してしまう。



「蒸、でしたよね」


『あぁ、そや』


「いい名前ですね」


『何や、いきなり……』



年上の人に、その上遥か昔の人に対して、下の名前で呼ぶのは、なんとなく気が引ける。


でもそのぐらいはいいのかな、恋人……なんだし。


しかも今後もう一度会える見込みもない恋人なんだ。



もう一度気持ちを伝えておかなければ、もう二度と会えないのかもしれない。