「あー、重たい」

私は病院から出て大して歩いてないのに、鞄を地面に置いて座り込んだ

越智先生に会うまでは気合いで持ててた荷物なのに、今日はもう会えないのだとわかった途端に、荷物を持つのが億劫になった

大きな鞄を座布団代わりにして座った私は、つかれた身体を木陰で休ませた

「しっかし、大きな家だなあ」

目の前に見える一軒家に私は見とれた

家の中の掃除が大変そう…とか、庭いじりが面倒くさそうだなあ…なんて考えているとその家の玄関から、長年会いたいと思っていた人が出てきた

「私は知ってるんですからね。仕事って言って、女の家に泊まりに行ってることぐらい。これを持って、しばらく滞在してくればいいのよっ」

家の二階から、大きな旅行カバンが振ってきた

「おっ…やるぅ」

奥さんの大胆な行動に、私はつい口笛を吹いてしまった

その音に気がついたのか

玄関から出てきた越智先生と目が合った

「やばっ」

私は慌てて、視線をそらして違う風景を見ながら、口笛を吹いてみた

別に、見てませんよー…夫婦喧嘩を見ていたわけではありませんっ…と心の中で呟きながら、通りを行く車を見ては、わざとらしく口笛を吹いた

15年も過ぎれば、夫婦仲も崩れるのだろうか?

私が入院していた頃の越智先生と奥さんは、仲が良かった

お昼になると、奥さんが大きなお弁当を持ってきて、楽しそうに食べてたのに

奥さんの手料理…めちゃ美味しかったなあ

病院食より遥かに美味しかった

越智先生にお裾分けしてもらった奥さんのお弁当の味を思い出していると、目の前の視界か暗くなった

「あ?」

私の眼前には大きな家の2階から落ちてきた旅行鞄がゆらゆらと揺れていた