God aspect
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「……そこにいるのでしょう? もう入ってきてもいいわよ」

 ティアニスの足音が消えたのを確認してから、リディアは部屋の扉ではなく反対のバルコニーに向かって声をかけた。

 閉ざされた厚いカーテンが風に揺れて、人のシルエットが窓ガラスに映る。
 影に入り混じった、赤と青。

「へぇ、よくオレだってわかったな。リディアさま」

「女王の部屋に窓から出入りするなんて、あなたしかいないでしょう」

 その答えに、バルコニーにたたずむ男は二ッと口の端を吊り上げた。

「外で待つのは寒かったでしょう。お茶を用意したから冷めないうちにいかが?」

 男を部屋の中へ招き、先ほどティアニスが新しく淹れたハーブティーを差し出した。

「お、ありがてぇ。じゃあ遠慮なく」

 陽が沈みきっていないから凍えるほどではなかったが、紅茶の香りと湯気に誘われた。男は素直に呼ばれることにした。

 恐れ多くも女王の部屋に窓から侵入した、この男。

 真っ青な服に緋色の外套(がいとう)という出で立ちで、腰にたずさえた長さの違う二本の剣を椅子の背もたれに立てかけて座った。

 紅茶のカップを手に取ると、ほのかな香りが鼻孔(びこう)をくすぐる。甘酸っぱいリンゴによく似たこの香りはカモミールだろう。そう思って一口流し込むや否や、ピクッと片眉を上げて神妙な顔つきになった。

 ──いつもと、違う。

「ふふ。ティアが淹れたのよ、それ」

「へぇ。あの、はねっ返りのお姫さんがねぇ……」

 口の中に広がるほろ苦さに反して、微笑むリディアの顔は清々しい。
 この母子(おやこ)の関係を別段心配はしていなかったが収まるところに収まったのだな、と精悍(せいかん)な頬をゆるめた。