「何を泣いている?」

 言われて初めて気がついた。ほほに触れる風が雪のように冷たい。
 乾ききらない、涙の(あと)

 ──私、いつの間に? いつから?

 泣いたつもりはなかった。ガマンしたはずだった。
 もしかしてさっきの、優しい風の旋律に、心がゆるんだせいだろうか──……

「何が……あった?」

 ぶっきらぼうだけど、気遣わしげな声。
 無愛想だけど、優しい光を宿した翡翠の瞳。
 まっすぐ見つめられて冷たかったはずのほほが急に熱を持つ。

「な、なんでもない! 私、もどらなきゃ!」
「あっ、おい!」

 引きとめる声をすりぬけて、背を向けた。
 突然生まれた熱に追いたてられるように駆けだす足に力をこめる。

 中空を(かけ)る燃えるような赤い花びらが鏡に映った自分の顔に見えて、でもそれをすべて西日のせいにして、火照(ほて)ったほほを風で冷ますために走りぬけた──……