Tirnis side
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『決して魔族を憎んではいけません』

 お母様の言葉がずっとぐるぐる回っている。
 部屋を飛び出したあと、胸にうず巻く黒いきもちをかかえたまま私は走りつづけて……


 気がついたら、庭園まで走りぬけてきてしまった。

 肩で息をしながらゆっくり立ち止まると、汗ばんだ肌をぬぐうようにヒヤリとした風が吹いた。鮮やかな景色が波のようにゆれる。

 厳しい冷たさにさらされても色を失わない、天然の宝石箱。
 西の()をふちどる金色と溶けあって美しくもどこか(はかな)げな色あいを見せている。

 二、三度、首をめぐらせて庭園のすみずみまで見わたした。
 ムダなことをしている自分にハッと気づいてうなだれる。

 心にザワザワとおおいかぶさる……絶望。

 この場所で何度同じことをくりかえしたか数える気にもならない。
 だけど二年前までは、確かに、ここにいたんだ。

 庭仕事が好きな人だった。

 王族にしては、めずらしい趣味だけれど。クレツェントと親交の深い隣国では、めずらしいことでもないらしい。

 お父様は、隣国カトレアの王子だった。

 カトレア王国は土地が豊かで、花の国とも呼ばれるほどに花が咲き乱れた国だという。そして、だれかに花を贈るときは花詞(はなことば)をそえて想いを伝える。

 ……それが、習わしなのだそうだ。

 結婚が決まったとき、お父様は毎日のようにお母様に花を贈った。花詞に自分の想いをたくして。結婚してからも、なにかのおりには必ず花を贈った。

 お父様にとって、花を育てることは、愛を育てることと同じだったのだ。