「ティア!!」


 燃えるような(あか)いマントをひるがえし、抱きとめてくれた彼が名を呼ぶ。聞きなれた陽気な声が耳に心地よく響いて自然と笑みがこぼれた。

「へっへー! フェン、ナイスキャーッチ!」

「無茶すんなぁ、このお姫さんはよぉ!」

 あきれた口調のわりに彼も白い歯を見せて楽しげだ。おひさまみたいな笑顔に、私はちゃめっけたっぷりのウインクでかえした。

 いくら、ジャジャ馬、はねっかえり、と大臣たちに眉をひそめられる私でも不用意に三階から飛び降りはしない。こんなこともあろうかと、ちょうど窓の下でこの緋色(ひいろ)騎士(きし)が待ちかまえていたのだ。

「フェンネル殿! また貴方(あなた)まで一緒になって……騎士の本分をお忘れではありませんか!?」

 窓から叫ぶ渋い声がひっくりかえる。しわだらけの顔をもっとしわくちゃにして、魔物の形相だ。

「悪ィなぁ、じいさん! お姫さん借りてくぜ! 今日はちょいとワケありでね!!」

「どういうことですか!?」

「ソイツぁ、『門外不出(もんがいふしゅつ)』さ!」

 フェンネルは意味ありげに片目をつむった。

「逃げるわよ、フェン!」
「よしきた!」

 魔物が魔王に進化したら大変だと、そろって身をひるがえす。

「こりゃ姫様っ、お待ちくだされ! フェンネル殿────っ!!」

 しわがれた咆哮(ほうこう)が天にこだました。

 ああ、もう進化しちゃったかもしれない……。