「まって」

 短い沈黙を、高く小さな声がさえぎる。
 エリーゼが胸に抱きかかえた黒いネコをシレネに預けて前に進みでた。

「今、彼を助ける方法があるわ」

「本当か?」

 思わぬところから湧いた希望の言葉にリュートは前のめりになる。

「失敗すれば、長く苦しませるだけかもしれない。それでもよくて?」

「それでも頼む!!」

 自分よりもはるかに小さな少女に深々と頭を下げた。その懇願を受けて、ふるえるロキに語りかける。

「あなた、体力回復呪文はできる?」

「は、はい……」

「なら、あなたはそれをかけて」

 エリーゼの提案は、治癒と体力回復の呪文を二人がかりでかけて全快復呪文と同じ効果を生みだす、というものだった。

「でも、治癒はいったい誰が……?」

「わたくしがするわ」

 キッパリとした答えに、胸がざわつく。

「で……できるんですか?」

「できなければ言わないわ。早くなさい」

「……はい」

 エリーゼは赤い血が流れる惨状にひるむことなくひざまずいて両手をかざした。彼女の髪にも似た深い青の光がオーラのように湧きあがる。

 魔法のことは私にはよくわからないけれど、その光は神官たちが感嘆するほどの力を宿していた。

 慈愛の女神の加護を受けた“癒しの力”。

「す、すごい……」

「呪文に集中なさい」

 ぴしゃりと叱りつけられ、ロキはあわてて呪文を唱える。

 ──……そうして、二人がかりの回復はしばらくつづいた。瀕死の痛みを親友の励ましと騎士の精神力で堪えぬいて、アルスは見事に生還した。

 その感動的な光景を、私はまったく他人事のようにぼんやりとながめていた。

 冷たい風にさらされて、濡れた髪が目に入る。