「いい呼び方じゃないな」

「やっぱりそう思う?」

 レガートにしては苦い笑み。先ほどのベンと同様に声を潜めながら語り始めた。

「エリーゼ姫の障碍の話、さっき聞いたよね? あれは、上流貴族の間では公然の秘密なんだよ……」

 王侯貴族の婚姻は平民のそれとは違う。婚姻を結ぶ者同士の意思は関係なく、家柄・血筋・能力・政治的な利害関係を考慮して決める──ある種の“契約”だ。

 王家の人間に『障碍者』がいることは契約に不利益となる。

 エリーゼ姫の障碍が発覚したとき、近しい者だけにその事実を明かし公言しないようにした。

 しかし、人の口に戸は立てられない。他人の不幸事ほど背びれ尾びれがついて広まってしまうものだ。障碍のせいで昼間出歩けない代わりに夜に活動することも、面白おかしく捻じ曲げられて噂が一人歩きしていった。

 正しい情報を知る者は、色が見えない障碍を揶揄(やゆ)する意味で。
 歪んだ情報を聞いた者は、闇夜に徘徊(はいかい)する不気味な姫として。

“闇色の姫”という呼称が定着したのだそうだ。

 そして幼い少女に向けられたのは、侮蔑(ぶべつ)(あわれ)みの視線。
 シュヴァルツ大公は人々の残酷な視線を避けるため、離宮に閉じ込もる生活を孫娘に強いるしかなかった。

 ……反吐(ヘド)が出る話だ。