扉をノックする音。

 ──天の助けか?

「お話中失礼致します。ティアニス王女殿下(でんか)。ダリウス様。よろしいでしょうか」

 静かに扉が開き、紺色のロングワンピースに大きなフリルのエプロンをまとった一人の侍女がうやうやしく一礼した。

「おお、これはシレネ殿。只今、王女殿下と大事なお話の最中。申し訳ないが御用ならばまた後程(のちほど)……」

 魔王の形相から一変、白い眉を下げる。
 侍女は飽くまでひかえめに歩みよった。

「ダリウス様、お言葉を返すようですが。
 今夜は新しい護衛騎士殿の叙任式がございます。ティアニス様には、そろそろお召し替えをなさって(いただ)きたく存じます」

「それは承知しておりますが……ちと、早すぎませんかな?」

「殿方と違い、女人はお召し替えに時間がかかるものです。それが一国の王女ともなれば、なおのこと。
 式典後のパーティーにはご来賓(らいひん)の方もいらっしゃいます。今から入念にご準備されたほうがよろしいと存じます」

「ううむ……確かに。そういうことなら致し方ありませんな」

 自慢のあごヒゲに手をやって(うな)りながらも、断念したようだ。
 私は一人小さくガッツポーズ!

「ティアニス様! 今日のお説教はここまでに致しますが、式典ではくれぐれも騒ぎを起こさぬように。王女としての自覚と責任を持って行動されますように! よろしいですな!?」

「……わ、わかってるわ」

「では、失礼致します」

 部屋を出て扉越しの足音がじゅうぶん遠ざかるのを待ってから、大きく息を吐いた。