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 ひとしきり冷たい雨に打たれた翌日。
 暗雲は幻のように消え失せ、無彩色だった森は普段のおだやかな色合いを取り戻していた。

 いつもの夕暮れ。
 いつものせせらぎ。

 ただ一ついつもと違うのは……

 俺は腕組みをして大樹の(こずえ)に体を預け、森の出入口に続く小道を見おろした。藍に染まっていく頭上の空ではなく、地上の小さな青空を探して。

 修行を始めて一月近く。何があろうと無断で休むことなど一日たりともなかった。そんなジャジャ馬姫が、日が沈む時刻になっても姿を見せない。

 当然といえば当然か。あれほど揉めた後に俺と顔を合わせるのはごめんだろう。

 しかし、返ってよかったのかもしれない。

『強くなりたい理由』を知ったときから、もう修行はやめたほうがいいと思っていた。大体、最初から乗り気ではなかった。

 彼女に剣を向けるのも、剣を持たせるのも。

 ──これでいい。これで、いいんだ……

 心の中で何度も言い聞かせる。

 重たい息を、一つ、吐き出すと優しい空気がふわりと流れた。この季節にそぐわないあたたかな大気が、独りの静けさを慰めるように森の木々をそっと揺らす。

(ああ、平気だ)

 人に忌み嫌われるのは慣れている。
 無言で息吹に語りかけた。

 また、(なまり)の息を落とす。


 この身に忌まわしい血が流れている限り

 殺したいほど憎まれているのだから。


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